2008年04月30日

4月30日・性教育

「性教育」で検索して、You Tube を見ると、過激な性教育や、それを批判する小泉元首相の国会答弁を見る事が出来る。

小泉元首相は、「昔は、性教育は無かった」という。
私の時も、Masturebation を仲間から教えられ、学校で、性教育は無かった。

しかし、それは昔の話だ。
今は、学校の上級生と一緒に遊ぶ事をしないで、ゲームや塾へ行って勉強だろうし、地域のコミュニティが昔と同じ姿で存在しないと思う。
万物は流転する。
首相が、今、存在しない事を言って、性教育はしないと言うのは、教育の放棄だけでなく、先人の愚かさを見せるのと同じである。

性教育は必要だと思う。
私の息子は、性については発育は遅く、父母を困らせる事はしなかった。
しかし、一部では、携帯電話で、ワンクリック詐欺の被害者になる話も聞いた事がある。

「自分内世界」で書いた事を言う。
教師にも世界があり、授業を受ける生徒にも世界があり、その親にも世界がある。
教育は、情報を与える事であり、与える情報が受け取る生徒にも、感謝されるものである事が必要だ。
世界を作る自分の武器になる情報を求めると思う。

私には、具体案は無くて、これから考えるが、基本は、「子供たちが幸せなSEXLife を持つ」ように考える。

Poor thinking is as good as no thinking.
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4月30日・世界内自分と自分内世界

2月29日の「世界内自分」についての記事。

@
思い込みや自分による限定が無ければ、知覚が成立しない。
眼があるから見えるのであり、耳があるから聞こえるというのは、私も同感する。
眼が無く、耳も無いのは、如来様(Nyoraisama)が創る前の塊であると思う。
思い込みは排除すべきだと思うが、記事にする以上、思い込みは避ける事は出来ない。

A
自分と言う場合、時間や空間などと共に、生きている時代の文化、生まれた国の歴史、家族などの社会的状況など、自分の世界が、全部、如来様(Nyoraisama)が創った霊と佛(hotoke)の融合である生命がある身体を限定する。
そして、これを知覚して、文化を担って生きるように創られている。

B
私の勝手な言い方で、自分の身体を成立させているのを限定と呼び、私が自分の身体を限定しているのを価値観と呼ぶ。
単純に、私と言う時、価値観による自分を言い、これが関係を帰属させる主体である。
価値観による死は、関係の解消で、自分の存在が無くなる事である。

C
関係の帰属主体の自分が死んで、身体は如来様(Nyoraisama)の手元に戻り宇宙の塵になっても、如来様(Nyoraisama)による限定が無くなっただけで、生まれて死んだという事実は、歴史上の人物として記録され、私が考えたり書いた物が、私の文化として、残る。

4月30日

私の考えは間違っていると思うが、考えを進める。


@
B
「思い込み」や「価値観」というのは、「自分内世界」の「世界」に適用する。

A
「限定」というのは、全人類の社会的、年代的な意味が集積した「世界」から、私が名前を付けられて、一つの構成員と認められる事(私が精神に所属する)。

B
同時に、如来様(Nyoraisama)が、他の物体とは区別して、私を人間に創った事(私が人類に所属する)。

C
私の死後に、私の文化として残るが、これまで全人類が残した物が、「世界内自分」の「世界」と考える。



「世界内自分」と「自分内世界」は次のように考える。

全人類の社会的、年代的な意味が集積した「世界」の意味を思い込みや価値観で取り込む「自分内世界」があり、それが精神的に自分を成立させている。

「自分内世界」は、如来様(Nyoraisama)の「宇宙」の一部で、自分という個体に限定された人間の知覚による構成物である。



間違いだと思うが、要約した。
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2008年04月29日

4月29日・自分内世界と性教育

私は、フィクションUの要約で、次の事を書いた。

B私は、間違っているかも知れないが、如来様(Nyoraisama)の「宇宙」の中に、本能を含めるから、
「仏性」は、「精神」に含まれなくて、「宇宙」的、所与として認めるのが適当な本能かも知れない。
霊と呼ぶのかも知れない。
これは、まだ理解していない。

私は如来様(Nyoraisama)の「宇宙」の中に、本能を含めて、「精神」から外した。

その分岐点は、「性欲」を意識すると「精神」になると、以前、書いた。

そこから、性教育を考える。

「SEX」とは、如来様(Nyoraisama)が創った子孫繁栄のために男女の性器を交える事だと思う。

この行為は、他の動物と同じで、「宇宙」の行為であり、人間には「精神」が混入する。

それは、「脳」が存在する事により意識が生じ、全てが「精神」であるが、「子孫を作る意識」は、私のフィクションでは「宇宙」の一部と考える。

その「子孫を作る意識」以外の、「SEXの喜び」「Big Dikz」などの「性欲を満たす」意識は、全て「精神」であると考える。

子供は、最初は「宇宙」の行為を見るだろう。
しかし、子供は本能を持つから、見た瞬間、その中に「精神」を読む。

親の「精神」を知りながら、「宇宙」の行為を指差して、「あれは何?」と質問する。

親が「宇宙」の行為だと、性教育の本で説明すると、子供は、「精神」も聞く。
親が「精神」を説明すれば、「宇宙」の行為の事を聞く。

こうなると、「宇宙」の行為と「精神」を統合した「人格」を説明するしか方法は無い。

「人格」の差が無いと、子供を導く事は出来ないと思う。
「人格」が「霊」と関係するかも知れないと思う。


Poor thinking is as good as no thinking.
posted by kandk55 at 10:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 人生について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月27日

4月27日・軍歌「同期の桜」

今日は、岐阜県のMr.Yosida の家で、念仏修行した。
帰る途中で、軍歌の「同期の桜」について考えた。

Wikipedia によれば、作詞者が西條八十。
帝国軍を代表する軍歌で、戦争映画等でよく歌われる。
陸海軍を問わず流行した。

(特に、戦争末期の特攻隊員に)

今でも、酒場で歌っている人を見る。

私は、この歌から、戦争の色を取ったり、特殊な枠を取り去って、考えてみた。

歌詞は、著作権の問題があるかも知れないので、各自が、インターネットで調べてください。



「同期の桜」は、「同年代に同じ学校や会社に勤務した同僚」という言葉に変換する。

「同じ兵学校」は、「同じ地球」と変換する。

「庭に咲く」は、「一緒に生きる」と変換する。

「咲いた花」は、「この世に生きている人間」と変換する。

「散る」は、「死ぬ」と変換する。

「国のため」は、「地球の人類のため」と変換する。


その結果を、一連の文章にする。


あなたと私は、同じ年代で同じ学校や会社に勤務した。
同じ地球の上に、一緒に生きている。
この世に生きている人間なら、死ぬ事も覚悟している。
見事に死ぬ。地球と人類のため。



このように考えると、対話している自分と相手を限りある命を持つ人間と認め、それぞが短い命を、人のために捨てようという意味になる。
人の生死については、見事な歌だと思う。


私は、この言葉を、如来様(Nyoraisama)が、あるいは「神」が、人間に対して言うならば、理解する。

しかし、「人間」が「神のような言葉で」しかも、兵隊が安心して戦死するために歌詞を作るのは、私は、反対である。

以前、書いたが、「諸君は既に神である」とは「神」が使う言葉だ。
「神」と「軍の上官」と同視するのは許せない。
「既に神である者」を、人間の命令で戦死させる行為は殺人行為である。

この「同期の桜」を歌って、戦闘機に乗り込み、「諸君は既に神である」と「上官」から言われて出撃し、戦死した特攻隊員が、哀れである。
posted by kandk55 at 20:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 独白 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

4月27日・Creampie Cathy

今日は、「 Creampie Cathy 」で検索している人を紹介する。
          ↓
http://www.google.co.jp/search?hl=ja&q=creampie+cathy&btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2&lr=


検索結果の中に、以前の私のブログがある。

検索内容をクリックする場合、それから派生する問題は、全て、自分で処理してください。

これは、検索としては、上等の部類だと思う。


Only one who knows can really appreciate it.

これも、諺です。
posted by kandk55 at 06:26| Comment(0) | TrackBack(0) | Teen・Mature・Granny | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月26日

4月26日・親の秘密

「親の秘密」が、Yahoo USA に登録されています。
        ↓
http://search.yahoo.com/search;_ylt=A0oGkyFvCRNIhXsBzOql87UF?p=%E8%A6%AA%E3%81%AE%E7%A7%98%E5%AF%86&ei=UTF-8&iscqry=&fr=yfp-t-501&fr2=sfp


私のブログが、Kay Parker の検索結果にありますが、彼女は古いポルノスターです。
新しいポルノスターは嫌いですか?
「親の秘密」として、私が知っている USA のポルノスターの名前を書きます。

詳しい事は、GoogLe 社で検索してください。


Sandra Romain


Celestia Star


この二人は、あるオンラインのサイトの無料で無修正のサンプル動画を見ました。

複数の男性を相手に、二人とも同時に、自分の身体に受け入れる動画でした。

「Big Dikz」は、本来、女性が受け入れる場所ではなくて、anaL に受け入れている場合が多いと思います。

ポルノスターは、肉体労働をする女優だと思います。
「Big Dikz」を身体の前と後で受け入れて、射精させます。
仕事で、数多くの「Big Dikz」を受け入れるので、AnaL は、変形しています。
痛くないのでしょうか?
anaL への刺激を苦痛ではなくて、快楽に変える方法を自分の身体で知れば、他の苦痛に耐える事も出来るかもしれません。

彼女たちは、私より、我慢強いかもしれない。
もしも、私が彼女の立場であれば、職場放棄をすると思います。
posted by kandk55 at 20:37| Comment(0) | TrackBack(0) | Yahooと私のブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

4月26日・You Tube が好きですか?

アクセス解析を見ると、「 You Tube adaLt 」で検索する人を発見した。
      ↓
http://search.yahoo.co.jp/search?p=you+tube+adalt&search.x=1&fr=top_ga1&tid=top_ga1&ei=UTF-8



「 You Tube 」は知っているが、検索語に「 You Tube 」という言葉を使うのは止めた方が良いと思う。

「 You Tube adaLt」や「You Tube 無修正」などで検索しても、永遠の徒労だろう。

私が知っているサイトを、掲示板の「2ちゃんねる」で探した。
しかし、発見する事が出来ないので、「 You Tube 」とは関連が無いサイトであるかも知れない。

私が知っているサイトは、青少年が知るべきサイトではないから、「親の秘密」に分類し、沈黙を守る。


学校の段階は、小学校から中学校、そして中学校から高校へと進み、最後に、一流大学へ進む。

ポルノも、Picture から、Movie へ進み、そして、貴方が探している「 You Tube 」へ進むという段階があると思う。
私の経験では、Picture やMovie で見た場面の連続が、オンラインの無料で無修正のサンプル動画配信の中で楽しめると思う。

学生は、小学生から一気に大学生にならないように、一気に無料で無修正のサンプル動画を見るのではなく、Picture やMovieも見た方が良いと思う。

「You Tube adalt 」などで検索する人は、「子供」である証拠だ。

勝手に造語を作っても、的には当たらないと思う。

何も知らない子供は、勉強して、小便して、寝ると良い結果を得る事が出来る。


Babies grow in their sleep.

そして、精神的に成人となり、同じ趣味を持つ成人から情報を得て、目的が達成されるように希望します。

検索するのが好きなら、一生懸命に探してください。

Nothing ventured, nothing gained.

そして、

The day is short and the work is much.

これは諺です。

これで、三つの諺を披露した。

このブログは、英語の諺を、楽しく勉強するのに良いブログと思うが……。

どう思いますか?
posted by kandk55 at 17:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 私とパソコン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

4月25日・Mature Amalia

アクセス解析で、海外からの訪問者を発見しました。
      ↓
http://www.google.nl/search?q=mature+amalia&hl=nl&start=90&sa=N

「Mature Amalia 」で検索しています。
私のブログは、日本語ですから、容易に発見する事ができます。

検索結果をクリックするのは自由ですが、それから派生する全ての問題は、自分で処理してください。

AmaLia も、Mature から、granny に身体が変わって来ました。
彼女は、若い時に、良い作品を作っていますが、USA のように、「Big Dikz」で突かれている姿を見たいと思います。

ロシアに「Big Dikz」を持った男性がいますか?
彼女が、USA に遊びに行くという物語を作って欲しいです。

While there is life,there is hope.

彼女が、この諺を知るなら、USA へ行くかも知れない。
posted by kandk55 at 00:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 訪問者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月25日

4月25日・You Tube が好きですかU

「You Tube が好きですか?」をYahoo USA で調べた結果です。
       ↓
http://search.yahoo.com/search;_ylt=A0oGkwIhthFIyncBCrql87UF?p=You+Tube+%E3%81%8C%E5%A5%BD%E3%81%8D%E3%81%A7%E3%81%99%E3%81%8B&ei=UTF-8&iscqry=&fr=yfp-t-501&fr2=sfp


Yahoo USA でも、私の「You Tube が好きですか?」が登録されている。

私の小さなブログが登録されて嬉しい。

Yahoo USA に登録されている事は、日本人が「 You Tube 」について無知である事を、世界中に披露しているような気持ちになり、悲しい。

先にも書いたが、世界中の人は、知っている。

「子供」が見たいと思う、男女の裸の姿がどんなサイト名で登録されているのかを知っている。

世界の人は、私が、「無料で無修正の動画がある YouTube 」を公開するのを見ようと思っているのだろうか?

それは、「親の秘密」だから、口を閉ざす。

「子供」が「親」になるまで……。

Babies grow in their sleep.
posted by kandk55 at 20:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Yahooと私のブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

4月25日・You Tube が好きですか?

アクセス解析を見ると、変人が検索している。
      ↓
http://search.yahoo.co.jp/search?p=you+tube+sex&search_x=1&tid=top_ga1&ei=UTF-8&pstart=1&fr=top_ga1&b=21&qrw=0

「 You Tube sex 」で検索している。

本当に、知らないのですか?
いや、きっと知っている。
男女の愛し合う、無料で無修正の「YOUTEBE」。
パソコン歴の浅い私も、知っている。
知らなければ、「日本の恥」ですよ。
世界(私が考える世界です)は、皆、知っています。

It's good to warm yourself by someone else's fire.

これは、諺です。

「 You Tube sex 」で検索している人の行為です。

英語を日本語に翻訳すると、学校の先生に褒められると思います。

世界の常識ですが、「親の秘密」です。
親になったら知る事が出来ると思います。

「 You Tube sex 」で検索している間は、「子供」です。

「子供」は、小便して、眠りなさい。

Babies grow in their sleep.


これも、諺です。
日本語に翻訳しなさい。
今日は、英語の勉強でした。
posted by kandk55 at 18:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 訪問者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月24日

4月24日・フィクションU自分内世界の要約

私の妄想、フィクションUの要約

3月20日に書いた事。

@現実世界と死亡後の世界

自分にとって一大事は、自分の「死」である。
生まれる前の世界も、死んだ後の世界も、知る事は出来ない。
その想像の世界を、宇宙の力の世界と呼ぶ。
私は、現実の世界と、宇宙の力の世界と区別する。
前者は、偶然の世界で、後者は、絶対的な必然の世界だろう。
前者の中では、「神様はサイコロを振る」と言う現象が起こるし、人間の目で、真理を観察する事は出来ないだろう。
その真理が、後者である。
後者は、前者の中に、「人間は死ぬ」という必然的な現象として現われる。


A生命体は、知覚を持ち、人の世に生まれた瞬間から、人工の文化に包まれ、文化の意味を理解するように教育され、育つ方向を強要される。
能力が世界観を生み、自分が考えた世界観を投影して、反応を確かめながら、自分の世界を作る。
知覚や能力は、文化を発展させるが、個人の心の中に執着も作り出す。
自分を利益に導く物に執着し、他人の利益を排除するが、これは、生命を守るためだから、悪い事では無いかも知れない。
私の考えでは、能力が劣っていたり、楽しい事が無い人は、それに応じて執着心は無いと思う。


B私は、如来様(Nyoraisama)が生命を含む霊と一緒に、「仏性」を埋めて、人間を創ったと思う。
その所で、私は仏教徒であるかも知れない。

C私は、生きている間に成仏(zyoubutu)する事は、現実世界の中に必然性を発見して、行動する事だと思う。
宇宙の力を、体現した時に、その言葉を使う。



4月24日に考えた事

@現実世界とは「精神」の領域であり、人間の数だけ「世界」がある。
現実世界は生きている世界であり、全てが「精神」の領域である。
そして、ここは偶然の世界で、前提や了解の上に築かれた相当因果関係の世界である。

死後の世界とは、如来様(Nyoraisama)が創る「宇宙」の領域である。
それは、遠くに存在する天体と考えなくても、自分の身体が、「宇宙」である。
ここは、必然の生成で、前提が無い、絶対的因果関係が支配する。
死ぬとは、「精神」が消える事で、「宇宙」の塵の佛(hotoke)になる事である。
人は死ぬと星になると言うが、星という天体に行かなくても、如来様(Nyoraisama)の佛(hotoke)になって「宇宙」に戻る事が出来る。

Aこれは、「小さなDikz」で書いたが、生きている間は、自分に(Fit)する「精神」の「世界」を持つ事である。
遭遇した事態により、捨てたり、作ったりする自分を中心に考えた価値観の世界である。


B私は、間違っているかも知れないが、如来様(Nyoraisama)の「宇宙」の中に、本能を含めるから、
「仏性」は、「精神」に含まれなくて、「宇宙」的、所与として認めるのが適当な本能かも知れない。
霊と呼ぶのかも知れない。
これは、まだ理解していない。

C「宇宙」の力を体現するとは、生きている現実世界の中で、必然や永遠と呼ぶ「精神」を、生きている瞬間の中に把握する力を持つ事だと思う。
自分が何故、この時期、この場所に生まれたかという必然を知る人だろう。

私は、時間は主観的で、自分の生命のリズム、(例えば心臓の鼓動のリズムや睡眠のリズム)と考えていて、世界時間や日本時間と定義された時間に、生命のリズムを同調させていると思う。
時間に生命のリズムが同調しない場合、「精神」は不安になる。
これも、まだ理解していない。

以上を、フィクションUの当面の要約とする。


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2008年04月23日

4月23日・小さなDikzと自分内世界U

Yahoo USA だけだと思ったが、GoogLe 社も、私の「小さなDikzと自分内世界」を登録していた。
     ↓
http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rlz=1T4SUNA_jaJP253JP254&q=%e5%b0%8f%e3%81%95%e3%81%aaDikz%e3%81%a8%e8%87%aa%e5%88%86%e5%86%85%e4%b8%96%e7%95%8c


私の小さな記事を登録してくれた返礼として、次の物語を書く。
無視されても、不満は無い。

私の認識論の続きである。

理解する全てが、「精神」である。
Yahoo 社の登録記事も GoogLe 社の登録記事も、内容は全て「精神」だから、理解する。
頭の中に、「宇宙」としての地球が入る事はない。
「地球」という言葉は、歴史的に獲得された観念である。

唯物論は、物に忠実な科学の認識方法だが、どうして発展するのかと考えた。
物自体が発展するのではない。
例えば、優秀な人間と同じ脳を人工的に作ったとする。
作った脳が、それ自身で発展し、真理へ近づくのではない。
脳の存在により、「精神」や「世界」が生まれ、未来からの新たな課題に向かうとき、現存する知識では解決する事が出来ない時、人間は「世界」を変えるのだ。
人間は、「世界」を作ることも、脱出する事もできる。
「世界」は精神的であり、社会的であり、それ自体が前提の下に成立して、体系となり、道具になっている。
ところが、如来様(Nyoraisama)の「宇宙」は前提が無い。
必然である。
因果関係も、全てが関連を持っている、絶対的因果関係であろう。
相当因果関係の中に、矛盾として現われるかも知れない。
現存する相当因果関係を捨てて、新たな因果関係を発見する時、科学が進歩する。
夢や期待をして実験する中で、以外な関係を発見するのは、「精神」の発展ではなくて、如来様(Nyoraisama)の「宇宙」が、「精神」の「世界」を超越して、「精神」が近づいて来るのを待っているのだと思う。

知識が客観的と言うのは、物の構造を頭脳に模写したので誰でも同じ考えを持つ事だと思うが、本当は、「宇宙」が一つだから、客観的なのだと思う。

反対から言えば、「宇宙」は一つでも、「世界」は人の頭の数だけ存在する。
同じ物体を見ても、感覚により違う「世界」に分類される。


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posted by kandk55 at 13:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 独り言 T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

4月23日・小さなDikzと自分内世界

Yahoo USA が、私の「小さなDikzと自分内世界」を登録しました。
     ↓
http://search.yahoo.com/search;_ylt=A0oGkwrIgg5IXX0Bp0Wl87UF?p=%E5%B0%8F%E3%81%95%E3%81%AADikz&ei=UTF-8&iscqry=&fr=sfp


本当に、嬉しいのですが、これはフィクションであり、誰でも考える事が可能な事なのです。

私のブログのために、ページを作って登録した返礼として、その発展を書きますので、価値が無い記事であれば、登録を抹消されても不満でない。

私が書くのは、狂った認識論ですから、正しい認識論は、本を読んで、自分で考えてください。


では、続きを書きます。

私は、「世界」は「精神」であり、それを衣服と考えました。
如来様(Nyoraisama)が与えた身体に(Fit)した「世界」を選び、それに自分の「小さなDikz」にFitした穴を開けて、「小さなDikz」を出して、小便したり生殖したりする。

私は、自分の努力では何も達成する事ができない身体的な物。
例えば、人種や肌の色や身体の構造を、如来様(Nyoraisama)が与えた個性と考えます。
その中に、「本能」を含んで考えます。
例えば、性欲や食欲や睡眠などの生命維持のために必要な物です。
それを、「精神」ではなくて、「宇宙」の中に入れます。
これは、学問的には、間違いかも知れませんが、今は、そう思います。

「性欲」自体は、非難すべき悪い事では無いと思います。
如来様(Nyoraisama)が与えた子孫を残す方法ですから、社会の規範や道徳で非難するのは間違いです。
裁判官も道徳者も、教育者も、性器をもちSEX して子孫を残しています。

私のフィクションを発展させると、抑制しなくてはならないのは、「性欲」が「精神」に発展する事です。
「精神」は「意識」ですから、性欲を意識する事を抑制する事です。
性欲だけで精神が無い行為は、動物の行為と同じと考えます。
これは、私のフィクションでは、許されます。
許されないのは「性欲を意識して、発散させる事」です。

如来様(Nyoraisama)が創る物を「宇宙」と呼ぶ。
男性の身体は如来様(Nyoraisama)の「宇宙」で、射精された女性の身体も「宇宙」で、受胎も「宇宙」。
その中に、「神経の刺激を快感と感じる精神」を持つことが、「射精」に必要かも知れないが、「宇宙」に対しては価値が低い事だと思う。
価値の低い「快感」という精神を追求しても、それは無限に大きくなるから、抑制すべきだと思う。

それが、「Big Dikz でも小さなDikz でも、小便や生殖が可能ならば、悩む必要は無い」という理由である。

快楽という「精神」を楽しむならば、「Big Dikz」を好むのは、当然かも知れない。
しかし、快感という精神は、肉体の刺激だけで達成されるのではない。
「自分は、他人とは違った、特別の行為をしている」という意識も、精神の中に入るだろうし、「小さなDikz」でも、愛情で「快感」と感じるかも知れない。
あるいは、Animal を相手に行為するアブノーマルな行為で快感を感じるかも知れない。
他にも、快感は得られると思うから、「精神」の領域は、無限大と思う。

無限の喜びの中に、「自分」を発見する事は、大切だが、私は、「精神」の領域ではなくて、如来様(Nyoraisama)が創った「宇宙」の無限大の中に、自分を発見すべきだと思う。
快楽を求めるのではなく、生きる事の喜び(SEXだけでは無い)の中に、自分を、発見すべきだろう。

Poor thinking is as good as no thinking.
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2008年04月21日

4月21日・You Tube が好きですか?

「 You Tube 無料・無修正 」で探している人を発見した。
        ↓
http://search.yahoo.co.jp/search?p=You+Tube+%E7%84%A1%E6%96%99%E7%84%A1%E4%BF%AE%E6%AD%A3&search.x=1&fr=top_ga1&tid=top_ga1&ei=UTF-8

私が、You Tube の動画を、別のブログに掲載して、しかもブログで「無料で無修正」と書くから、検索結果の中に私のブログがあるのだろう。

他にも、You Tube を探す人を、アクセス解析で見る。
検索して閲覧したいという気持ちは理解しますが、「他人の言葉」で検索するのが、間違いです。

探す物は何ですか?
探すのを止めた時、発見する事が、良くある話。

「 You Tube 」という言葉から、離れなさい。

早道は、それが好きな老人か先生に聞く事です。

「キーワードは何ですか?」
「それは、親の秘密で、青少年には害ですから知らない方が良いでしょう」
「どうしても見たいならばヒントを言います。それは、あなたのプロバイダーの検索を、他の言葉で使うと判明するという事です」

無修正を閲覧したいなら、海外サイトを見てご覧なさい。
posted by kandk55 at 06:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 私とパソコン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月20日

4月20日・Tube がお好きですか?

アクセス解析を見たら、まだ Tube を探している人がいた。
        ↓
http://search.yahoo.co.jp/search?p=mature+tube&search.x=1&fr=top_ga1&tid=top_ga1&ei=UTF-8

残念ですね。

「 Mature Tube 」では無いのです。

あなたのプロバイダーの検索で、探す事は可能です。

ただし、検索する言葉が違います。

人生、探す事も必要です。

探し物は何ですか?
探す事を止めた時、見つかる事があるものです。

こんな歌がありました。

私は、今日、BaiDu で、素晴らしい無料ポルノ動画を発見しました。
配信する会社は、USA ですけど、それが判断に困るように外国の言語で書いてある。
私は、意味を理解するのではなくて、Pone などの言葉を頼りに、クリックして、内容を閲覧しました。
今は、ブックマークしています。

良い物を発見するためには、人が使った言葉ではなくて、自分の頭で考えて、「攻撃的に」検索した方が良いでしょう。

Tube の動画が好きだったら、日本サイトで「Mature Tube 」で探すのではなくて、海外サイトで探せば偶然に(現実世界では、これが重要です)、発見するかも知れません。

早道は、それが好きな、老人や先生に教えてもらいなさい。


Set a thief to catch a thief.

これ、諺です。
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4月20日・親の秘密

「自分内世界」で、意識している限りの世界と書いたが、インターネットの世界でも、同じだと思う。

無料で無臭性のサンプル動画が存在するが、USA に、少し長い無料サンプルを配信してくれる会社が存在する。
それで、Baidu では、どのように登録されているかを調べた。

その結果は、当該の有名会社は登録されていないが、他のライバル会社が、配信しているのを知った。

二つの会社は、USA の会社だが、名前は「親の秘密」にする。

Bai Du も、ポルノは禁止していない。
ポルノを見る事が出来ないのは、パソコンの無い一般大衆だ。
彼らは、当局から厳しく禁止されているが、パソコンを持っている人は、無料で無臭性の長めのサンプル動画を見ている。

パソコン歴が浅い私が、容易に発見するから、その国では、沈黙の下での了承なのだろう。
外国の言語を使っているが、内容はポルノだ。

私は、早速、閲覧したが、日本の青少年には害だと思うから、残念だが、URL は記載しない。

その国は、日本に、次のように言っているだろう。


Ignorance is bliss.
posted by kandk55 at 14:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 私とパソコン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

4月20日・小さなDikzと自分内世界

「自分内世界」という私の言葉が、やっと「 MSN 」 の検索で発見できた。
        ↓
http://search.msn.co.jp/results.aspx?q=%E8%87%AA%E5%88%86%E5%86%85%E4%B8%96%E7%95%8C&FORM=MSNH

「世界内自分」ならば、何となく意味が了解する事が出来るが、「自分内世界」とは何だ?

そんな印象なのだと思う。

では、「自分内世界」とは何を言うのかを書く。

私が「世界」や「地球」という言葉を使うが、皆、観念で、全てが「主観的」で「精神」である。
「精神」は、「小さなDikz」より、「Big Dikz」が好きだと思う事から、人間は精神の動物だと思った。
「精神」だから、人工的、文化的、社会的、時代的な全ての物に及ぶ。
意識が及ぶ所まで、「精神」は及ぶ。
「精神」を「衣服」の様に身体に着て生きているのだと思う。
「衣服」だから、自分の体形にフィットする物を選ぶ。
選ぶ根底には、価値観(例えば、何を「親の秘密」と指定するかなど)が存在し、創作するのだ。
創作された「衣服」は、「親の秘密」と密接しながら、何時でも、脱出が可能なのだ。
「衣服」つまり「世界」から「世界」と移る時は、「衣服」を選ぶ時にお金や流行の情報などが必要なように、「世界」を選ぶ時も、エネルギーが必要だと思う。
人間は皆「仏性」を持っているが、「仏性」を気付くために努力が必要であるように……。

どんな人間でも、自分に(Fit)するように「世界」を持ち生きている。

本当は、「生かされている」と思うが、後日、書く。

「感性」や「悟性」や「理性」なども地層のように身体に(Fit)していて、身体により、統合されている。
その様子は、小便するために「衣服」から「小さなDikz」を取り出すように、行動する時は、「世界」を割って、身体が外部に現われるのだと思う。

「小さなDikz」であるとしても、悲しむ必要はない。
小便する事が可能で、生殖する事が可能なら、それ以上、悩む必要は無い。

フィクションUの結論。

「自分内世界」とは、自分が「精神」による生き物で、「精神」により無数の「世界」を持ち、それを如来様(Nyoraisama)から与えられた身体、宇宙の塵が、それを統合している「自分」の事を意味する。

これは、仏教の「法身」や「報身」や「応身」を、自分の方法で解釈した。
posted by kandk55 at 12:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 独り言 T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月17日

4月17日・自分内世界

私は、本能と呼ばれる「性欲」や「食欲」や「睡眠」などは、精神の領域の中に入れていない。
それは、人間の生死に関係し、動物一般に共通する「生命維持機能」だと思って、如来様(Nyoraisama)が作った身体や「宇宙」の中に入れている。

それは、後日、書くことにして、精神の領域を、もっと書く。

「背徳の世界」は見ると興奮する。
「喫煙の世界」も同じだ。
しかし、親に隠れて、喫煙したり、背徳の行為はしない方が良い。

好きな人は、好きな事をすれば良いが悪い結果になるなら止めた方が良い。
商売ならば、金銭で止める事が出来るが、愛情がある二人には、限界が無いから止められない。

昔、私は、喫煙していた。
ある日、私の全てを知る自分自身と約束をした。
今から思えば、如来様(Nyoraisama)と、約束した。
「禁煙する」と約束した。
意思が弱い私だが、それを守るだけで、禁煙する事が出来た。

喫煙も背徳行為も、如来様(Nyoraisama)と約束して、「世界」から脱出すべきだ。

自分が作った、気持ちの良い「世界」から、如来様(Nyoraisama)に従って、脱出すべきだ。

自分と如来様(Nyoraisama)を信じて、止める努力をしなくてはならない。

如来様(Nyoraisama)は、全ての人を助けてくれる。


Heaven helps those who help themselves.
posted by kandk55 at 20:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 独り言 T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

4月17日・小さなDikzと自分内世界U

「Big Dikz」が好きなのは、人間である証拠だと書いた。
精神の領域だと思う。
動物は、雄の股間を見て、「Big Dikz」を生殖行為の決定する根拠にしないと思う。

「Big Dikz」の良い所を既に了解しているから、それを持つ男性を求めるのだと思う。
獲物を取るために網を張るように、「Big Dikz」が好きだという「世界」を自分の中に作っている。
「小さなDikz」を持つ私は、その光景を見ようと、「世界」を広げている。

この「知覚の世界」は、文化的、人工的、社会的、時代的な精神の領域であり、他の学者が、多くの本を書いているから、参考にすれば良い結果を得ると思う。

私は、この「知覚の世界」の内容は、人間が作る全ての物であり、地球や天体も、「宇宙」と言っても観念の世界である。
「地球」や「現実」と思っている事も、全部が精神の領域に含まれる。
人間に無限の想像力があるとすれば、精神の世界は無限大に大きいと思う。
人間は寿命がある事を知っていて、宇宙の一部の物体と比べて自分の寿命を推測するのかも知れない。
ブログのように、ブログを書く人間の数だけ、「世界」が存在し、その「世界」は、個人の内面のパーソナリティを外部に表現した物だと思う。
私のように、理解していない頭で書いた文章も、私の世界の一部であり、頭の混乱が表現されていると思う。
頭の混乱を表現した物を見て、私の頭が更に頭が混乱するように、自分で作った「世界」で自分が興奮したり、迷ったりするのだと思う。

自分の相手が「Big Dikz」で、自分がそれを受け入れている「現実」という「世界」を自分の想像力で、喜びを増幅しているのだと思う。

この「世界」が個人の自由であり、個人に「背徳の原体験」がある場合、「背徳の世界」を持つだろう。

それが楽しいのは、私も知っている。

思い出すと、禁煙する前も、楽しい時だった。

Only one who knows can really appreciate it.

再来。
posted by kandk55 at 19:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 独り言 T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

4月17日・小さなDikz と自分内世界

フィクションを続けることにする。

如来様(Nyoraisama)が創った身体が、「宇宙」であり、「宇宙」の一部の脳から生じるものが、霊であり、「精神」である。

その「精神」は、知覚する全ての物であり、社会的で文化的である。
私が、「地球」や「世界」と言った時、それは自分の頭の中の観念であり、科学も哲学も知覚する全ての物体も人間の思想も、全ては精神であり、世界中の人間は皆、観念論者である。

生きている間は、地球とか自然とか「宇宙」と自分と区別するが、死により自分という「精神」が無明(mumyou)に戻り、「宇宙」の一部となる。

肉体の器官は、「宇宙」であるが、肉体への刺激を知覚神経で快感や苦痛と感じた瞬間に、主観的で個人的な精神の領域に入る。

人間の身体が、「宇宙」と「精神」を結びつけているのだ。
「精神」は「世界」である。
なぜなら、「世界」は、その個人が知覚した範囲の「世界」である。
「世界」が一つと思うのは、如来様(Nyoraisama)が創った「宇宙」が一つである事の反映なのだと思う。

唯物論は一つの「宇宙」を主観的な「世界」の中に模倣した物であり、科学と同じだが、人間が妥当と考える相当因果関係の範囲の思想であり、観念論である。

科学で「同時」というのが主観的なものであるのは、科学が観念論であり、自分が見ている視覚器官を自分で見る事が出来ないように、観測する人間の認識が不正確であるから、如来様(Nyoraisama)が創った「宇宙」の絶対的因果関係は、永遠の謎として現われるだろう。
そして、自分という個体で限るのは社会での帰属を現すだけで、「宇宙の物体」という意味では、天体まで連結しているから、自分と対象物をどこで切り取るかは困難だと思う。

こう考えると、以前に私が作った「フィクションU」に近づく。
死後の世界は、「宇宙」である。
動物が死ぬように、人間も死ぬ。
死んで無くなるのは、死人の持つ「世界」であり、一つの「宇宙」は、存在を続ける。

科学での相対性理論の登場のように、考え方が変わるのは、精神が、一つの「宇宙」へ近づく、精度の高い観念論に進展したからだ。
これも、観念論の一部であり、更に進展する事も考えられる。
なぜなら、因果関係は、相当因果関係に止まっていて、絶対因果関係では無いからだ。
如来様(Nyoraisama)は、絶対因果関係を持っている。
人生の中では、各自が、何故、この時代に生まれ、その使命が何かを明確に自覚できた時、その因果関係を把握したものと考えられ、成仏(zyoubutu)したものと、私は考える。

要するに、「宇宙」と「精神」を自分の身体で一体化しているのであり、死ねば頭脳の働きも止まり、「精神」が無明(mumyou)に戻り、「宇宙」の塵となってこの世に残る。
人間の誕生により、宇宙の塵の中に、精神を生む種子が、人間の全てに埋め込まれるのだと思う。
生きている間は、偶然の世界だが、「宇宙」の世界では必然の世界であり、人間が把握する真理は、一つの「宇宙」への、精度の高い接近した観念論だと思う。


「宇宙」は、遥か彼方の問題では無い。
各自の身体自体が、「宇宙」であり、「月の石」と同等に「宇宙の物体」である。
身体は、空気を吸って、ある時間は生きるように如来様(Nyoraisama)から創られた物体である。
「世界」は各自の観念であるから、「背徳の世界」も「信仰の世界」も、各自が、自分の中に作り出した観念である。
背徳行為が好きな人は「背徳の世界」を自分が観念として持っているからであり、「信仰」する人は「信仰する世界」を自分で持っていると思う。
教会や神社に行くだけでは、信仰は出来ない。
繰り返し行く事により、自分の中に「信仰の世界」を作る方法が良いだろう。

自分の他に「信仰の世界」が存在して、そこに行けば信仰する事が出来るのでは無い。
信仰を希望するならば、自分の中に「信仰の世界」を作る努力が必要だろう。


Poor thinking is as good as no thinking.
posted by kandk55 at 06:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 独り言 T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする