2010年10月31日

2010/10/31、オカルト・特殊論4の帰結2

2010/10/25、私の記事

以上の事から、「 時間 」と「 空間 」を考えました。

日本語では、時間と空間と人間は「 間(ma) 」を共有している。

「 時 」や「 空 」は、「 時間意識 」と「 空間意識 」であり、「 今 」や「 ここ 」という「 絶対静止の座標 」を頭の中に作れば、「 意識は光である 」から、光速あるいはそれ以上の速さで、社会の「 時間 」と「 空間 」の定義に従う。

「 間(ma)」とは無意識であり、時間では「 概日リズム 」であるし、空間は、「 感覚で規定された空間 」である事になった。

これは、人間という生命体が持つ「 間(ma)」という無意識が、「 今 」や「 ここ 」という「 絶対静止の座標 」を頭の中に作った瞬間に、時間意識と空間意識を、「 感覚で規定された空間 」の中に作るから、「 時間 」や「 空間 」は、生命体の「 小脳の無意識 」が作る事になり、「 間(ma)」とは、意識されない「 時空 」であると考える。

「 空間 」は空虚は延長ではなく、「 間(ma)」という無意識が感覚の中で惹起する可能性の延長であると考える。

時間や空間は、天体の運動を人間が感じた意識であり、天体の運動が不明である事は「 宇宙論 」が不明である事で示されている。

天体の運動を人間が感じた意識とは、時間意識と空間意識だが、それは「 間(ma)」という感覚の中で惹起する可能性である無意識が、人間の頭の中の「 絶対静止の座標 」に「 具現化 」したのであり、「 時間 」や「 空間 」という言葉は、社会での会話が成立するクミュニケーションの道具である。

すると、私の考えは、ガリレオやデカルトとは違い、生命体が規定する「 時間 」と「 空間 」であり、人間が作り出した「 意識の作品 」である事になる。

2010/10/31、私の考え

以上のように、「 時 」という意識、「 空 」という意識が、それぞれ、思考上の「 時間 」と「 空間 」であり、それは学問の基礎になり、現代科学が発達している。

その事により、「 時間 」と「 空間 」が解決したのではないと考える。

なぜなら、私の考えでは、「 時間 」と「 空間 」は、少なくとも二重構造をしていて、学問上の「 時間 」と「 空間 」の意識と、「 間(ma)」という無意識の「 時空 」があり、私の生活は、学問上の「 時間や空間 」ではなく、無意識の「 時空 」の中で成立している。

間(ma)は、日本語で、時間と空間と人間に共通している。

これは、「 空間 」も「 時間 」も、「 人間 」が作った「 無意識 」を中心とした概念であると考える。


「 空間 」と言っても、人間の「 感覚 」という感受性に合致した分野であり、その「 感覚 」が、周波数によって決まるなら、周波数に対応した「 空間 」しか、人間は持っていないことを示している。

「 宇宙の波動 」というのは、この「 空間 」の認識が周波数で成り立っているというだけで、それは、人間内の頭脳内の出来事であり、宇宙の天体の運動を説明した考えではないと思う。

周波数によって成り立つ「 空間 」は、無意識の空間であり、意識する前に、既に「 感じて、会得したもの 」であり、空間意識の前に決定されている。

私の眼は計測器ではないので、思考された「 1メートル 」を「 1メートル 」として見る事はできない。

あらゆる事が、頭脳の中でデフォルメされた上で、再構築されており、「 1メートル 」は、感覚上で、どの程度の距離なのかを知るだけである。

私の考えでは、眼は「 倒立した像 」を再倒立させて、「 倒立していない像 」を網膜に写すが、その像は、個人に、異なった「 力線 」を与える。

それが、「 意味 」であり、社会性に関連する。

「 空間 」が周波数によって決まるなら、「 時間 」も周波数によって決まるだろう。

「 宇宙の波動 」という波動が周波数であり、「 時間 」であり、生命のリズム(概日リズム)であり、思考上の「 空間 」を閉じた空間、個人の空間にすると考える。

実生活でも、時計が刻む「 時刻 」を認識するのではなく、出来事と出来事の間(ma)、間隔を「 時間 」と感じる。

「 時間 」も、光速で定義された時間ではなく、「 絶対静止の座標上 」の、今、ここの、出来事と出来事の間隔を「 時間と感じ 」、時計で確認する。

このように、「 意識 」と「 無意識 」を往来する事が、「 二本足で考える 」ことである。

ガリレオやデカルトのように、無意識の時間や空間を無視する事は、「 赤子を洗い水と一緒に流す 」ように、人間性を捨てることであり、学問を過信してはいけないと考える。


Every miller draws water to his own mill.
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2010年10月25日

2010/10/25、オカルト・特殊論4の帰結

2010/10/23、私の記事

時間も「 時 」と「 間 」の組み合わせであり、空間も「 空 」と「 間 」の組み合わせであり、人間と時間と空間は「 間(ma) 」を共有しているが、「 間(ma)」は、「 人 」と「 間 」を組み合わせた「 人間 」の小脳の無意識の可能性であるから、時間や空間は、目で見たり耳で聞く感覚の「 絶対静止した座標 」で判断した「 私の内なる宇宙の時間意識と空間意識 」であり、無意識が決定した価値観であるから、時間や空間が存在するという意識が生まれる。

とは、何かを書きます。

「 時 」は「 意識の時間 」であり、電磁波であり、「 間(ma)」とは、「 小脳の無意識 」の概日リズムであり、「 時間 」は意識と無意識の二重構造であると考える。

「 時 」は、コミュニケーションの道具としての時計の時間であり、ガリレオの社会的時間であり、人間性を無視した時間であり、光の速度により定義される「時間」であり、「 円 」になる波長だろう。

「間(ma)}には「 概日リズム 」を想定し、天体の運動に対する生命体のリズムで、生物的、人間的な時間であり、体内時計であり、「 楕円 」になる波長だろう。


時間の「 時 」と「 間(ma)」は意識と無意識の関係であり、人間は「 間(ma)」を無意識で決定しながら生活するのであり、時計の時間で行動せず、「 気が付いたら」あるいは、今という「 絶対静止した座標 」で判断したら、「 時計の時間 」で時間の経過を知って、社会と対話する。


「 間(ma)」の波長が「 楕円 」であるため、社会の、意識としての時間の「 円 」の波長と合致せず、暦では「 うるう年 」になり、人間生活の中では、ストレスとなると思う。


時間の意識の部分と無意識の部分を無視したのが「 ガリレオ 」であり、科学は進歩したが、心の闇は深まった。

2010/10/24、私の記事

時間も「 時 」と「 間 」の組み合わせであり、空間も「 空 」と「 間 」の組み合わせであり、人間と時間と空間は「 間(ma) 」を共有しているが、「 間(ma)」は、「 人 」と「 間 」を組み合わせた「 人間 」の小脳の無意識の可能性であるから、時間や空間は、目で見たり耳で聞く感覚の「 絶対静止した座標 」で判断した「 私の内なる宇宙の時間意識と空間意識 」であり、無意識が決定した価値観であるから、時間や空間が存在するという意識が生まれる。

空間について考えましたが、結論には至りません。

「 空 」は、空虚で、物質が何も存在しない状態という意識で、「 間(ma)」は、無意識でありますが、これは、「 無意識が空間を規定している 」と思います。

空間は、人間の感覚で決まると思います。

視覚の空間、聴覚の空間、触覚の空間など、空間は感覚ごとに「 間(ma)」が違います。


宇宙の天体が動く「 間(ma)」が空間であると思いますが、それは「 思考された空間 」であり、現実の空間とは、前述した「 感覚で規定された空間 」だと思います。

「 思考された空間 」が、「 意識 」であり、「 感覚で規定された空間 」が「 無意識 」の二重構造であると考えます。


2010/10/25、私の考え

以上の事から、「 時間 」と「 空間 」を考えました。

日本語では、時間と空間と人間は「 間(ma) 」を共有している。

「 時 」や「 空 」は、「 時間意識 」と「 空間意識 」であり、「 今 」や「 ここ 」という「 絶対静止の座標 」を頭の中に作れば、「 意識は光である 」から、光速あるいはそれ以上の速さで、社会の「 時間 」と「 空間 」の定義に従う。

「 間(ma)」とは無意識であり、時間では「 概日リズム 」であるし、空間は、「 感覚で規定された空間 」である事になった。

これは、人間という生命体が持つ「 間(ma)」という無意識が、「 今 」や「 ここ 」という「 絶対静止の座標 」を頭の中に作った瞬間に、時間意識と空間意識を、「 感覚で規定された空間 」の中に作るから、「 時間 」や「 空間 」は、生命体の「 小脳の無意識 」が作る事になり、「 間(ma)」とは、意識されない「 時空 」であると考える。

「 空間 」は空虚は延長ではなく、「 間(ma)」という無意識が感覚の中で惹起する可能性の延長であると考える。

時間や空間は、天体の運動を人間が感じた意識であり、天体の運動が不明である事は「 宇宙論 」が不明である事で示されている。

天体の運動を人間が感じた意識とは、時間意識と空間意識だが、それは「 間(ma)」という感覚の中で惹起する可能性である無意識が、人間の頭の中の「 絶対静止の座標 」に「 具現化 」したのであり、「 時間 」や「 空間 」という言葉は、社会での会話が成立するクミュニケーションの道具である。

すると、私の考えは、ガリレオやデカルトとは違い、生命体が規定する「 時間 」と「 空間 」であり、人間が作り出した「 意識の作品 」である事になる。


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2010年10月24日

2010/10/24、オカルト・特殊論4の展開2

今度は、空間について考えます。

2010/10/24、私の考え


時間も「 時 」と「 間 」の組み合わせであり、空間も「 空 」と「 間 」の組み合わせであり、人間と時間と空間は「 間(ma) 」を共有しているが、「 間(ma)」は、「 人 」と「 間 」を組み合わせた「 人間 」の小脳の無意識の可能性であるから、時間や空間は、目で見たり耳で聞く感覚の「 絶対静止した座標 」で判断した「 私の内なる宇宙の時間意識と空間意識 」であり、無意識が決定した価値観であるから、時間や空間が存在するという意識が生まれる。

空間について考えましたが、結論には至りません。

「 空 」は、空虚で、物質が何も存在しない状態という意識で、「 間(ma)」は、無意識でありますが、これは、「 無意識が空間を規定している 」と思います。

空間は、人間の感覚で決まると思います。

視覚の空間、聴覚の空間、触覚の空間など、空間は感覚ごとに「 間(ma)」が違います。


宇宙の天体が動く「 間(ma)」が空間であると思いますが、それは「 思考された空間 」であり、現実の空間とは、前述した「 感覚で規定された空間 」だと思います。

「 思考された空間 」が、「 意識 」であり、「 感覚で規定された空間 」が「 無意識 」の二重構造であると考えます。

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2010年10月23日

2010/10/23、「特殊論4」の展開1

2010/10/10、私の記事

私は、「 概日リズム」は体内時計かも知れないが、この概日リズムは、地球を回るシューマン波であり、これが「 脳波 」に影響すると考えると、私の考えは一定化する。

ガリレオは、「 脳波 」のリズムを「 振り子時計 」に置き換えた事により、科学が発展したかと思うが、それは粗雑な時計に「 デフォルメ 」し、宇宙や生命のリズムの解明を放棄した点に大きな間違いを犯したと思う。


「 時間は脳波か電磁波であり、意識であり、根源は小脳の無意識にある 」と考えると人間の頭脳の脳波が地球を回るシューマン波に繋がり、「 小脳 」が作る睡眠や覚醒は細胞分裂をコントロールし、「 光 」が意識を生み、人間に時間意識や空間意識を与え、私の考えは一つになる。


時間意識や空間意識は、地球が人間に与えた道具であり、「 真の時間や空間 」ではない。

私は、それは天体の運動であると思うが、不明である。

2010/10/17、私の記事

これは、私だけの無責任な「 独り言 」である。

日本語で、人を「 人 」と「 間(ma) 」を組み合わせて「 人間 」と書くが、人間は「 間(ma) 」の中で生きているのかも知れない。

人と人の「 間 」で生きるのが「 人間 」であると思うが、別の意味が存在するかも知れない。

時間も「 時 」と「 間(ma) 」の組み合わせであり、空間も「 空 」と「 間(ma) 」の組み合わせであり、人間と時間と空間は「 間(ma) 」を共有している。


時間と言っても、意識では「 ガリレオ 」などの科学者が定義した時間は「 思考されて時間 」であり、実生活の時間や空間は、現象が惹起する「 間(ma)」の意識であり、小脳による運動可能性や身体可能性が「 空間意識 」であり、呼吸や心拍のリズムが「 時間意識 」である事は前述した。


「 ガリレオ 」が計測した「 時間 」は、「 運動 」が頭脳の「 絶対静止した座標 」で計測した現象ならば、主観的であり、「 私の内なる宇宙の時間意識と空間意識 」の主観性と変わりなく、外部の、誰でも知り得る主観的「 運動 」に転化したに過ぎず、「 ガリレオ 」は、時間が何から生まれるかを知っていたのではないと考える。


現在は、「 思考された時間 」に支配され、「 私の内なる宇宙の時間意識と空間意識 」を転化させられていると思うが、「 時間や空間は意識である 」と考え、「 私の内なる宇宙の時間意識と空間意識 」を喪失させない事が、「 人間性の復活 」であると考えるから、オカルトや特殊論と書いている。

時間も「 時 」と「 間 」の組み合わせであり、空間も「 空 」と「 間 」の組み合わせであり、人間と時間と空間は「 間(ma) 」を共有しているが、「 間(ma)」は、「 人 」と「 間 」を組み合わせた「 人間 」の小脳の無意識の可能性であるから、時間や空間は、目で見たり耳で聞く感覚の「 絶対静止した座標 」で判断した「 私の内なる宇宙の時間意識と空間意識 」であり、無意識が決定した価値観であるから、時間や空間が存在するという意識が生まれる。


頭脳の中の「 絶対静止した座標 」を廃棄すれば「 今 」や「 ここ 」が存在しなくなり、人間の存在は「 小脳の無意識 」を拡げるか縮めるか、価値観という意識を拡げるか縮めるかの違いになり、その違いは人間の「 人格 」が高いか低いかに具現化すると考える。


「 欲 」は宇宙空間の果てまで延びるが、「 エーテル 」であり、「 小脳の無意識 」の可能性であり、宇宙空間の果てまで思う事は、「 無意識 」を考える事になる。

時間や空間や人間が「 間(ma)」である結果である。

2010/10/23、私の考え

時間も「 時 」と「 間 」の組み合わせであり、空間も「 空 」と「 間 」の組み合わせであり、人間と時間と空間は「 間(ma) 」を共有しているが、「 間(ma)」は、「 人 」と「 間 」を組み合わせた「 人間 」の小脳の無意識の可能性であるから、時間や空間は、目で見たり耳で聞く感覚の「 絶対静止した座標 」で判断した「 私の内なる宇宙の時間意識と空間意識 」であり、無意識が決定した価値観であるから、時間や空間が存在するという意識が生まれる。

とは、何かを書きます。

「 時 」は「 意識の時間 」であり、電磁波であり、「 間(ma)」とは、「 小脳の無意識 」の概日リズムであり、「 時間 」は意識と無意識の二重構造であると考える。

「 時 」は、コミュニケーションの道具としての時計の時間であり、ガリレオの社会的時間であり、人間性を無視した時間であり、光の速度により定義される「時間」であり、「 円 」になる波長だろう。

「間(ma)}には「 概日リズム 」を想定し、天体の運動に対する生命体のリズムで、生物的、人間的な時間であり、体内時計であり、「 楕円 」になる波長だろう。


時間の「 時 」と「 間(ma)」は意識と無意識の関係であり、人間は「 間(ma)」を無意識で決定しながら生活するのであり、時計の時間で行動せず、「 気が付いたら」あるいは、今という「 絶対静止した座標 」で判断したら、「 時計の時間 」で時間の経過を知って、社会と対話する。


「 間(ma)」の波長が「 楕円 」であるため、社会の、意識としての時間の「 円 」の波長と合致せず、暦では「 うるう年 」になり、人間生活の中では、ストレスとなると思う。


時間の意識の部分と無意識の部分を無視したのが「 ガリレオ 」であり、科学は進歩したが、心の闇は深まった。

私は、「 時間的ストレス」を解消するために、ガリレオ以前の時間に戻りたいと思っている。

空間については、後日、書きます。

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2010年10月20日

2010/10/20、禁煙と健康(ココロちゃんとおじさん)

たびたび、すみません。

「 ココロちゃんとおじさん 」というブログで、禁煙について書いています。

よろしかったら、ご覧ください。

「 禁煙と健康 」(ココロちゃんとおじさん) 
        ↓
http://m24658.cocolog-nifty.com/blog/cat33399271/index.html







よろしくお願いします。
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2010年10月18日

2010/10/18、「 特殊論の理由4 」の評価

私の、特殊論は、ガリレオ以前の「 時間 」と「 空間 」の世界に戻ろうとしている。

だから、非科学的であり、独断の性質を持つが、私の「 特殊論 」は、ネット上で、どれほど掲載されているか、調べてみた。

Yahoo USA は、私の記事など掲載はしない。

Yahoo Japan も、同じだろう。

驚いた事に、ドイツやイタリアなどのヨーロッパのYahoo が、私の記事を掲載してくれた。


There is no accounting for taste.


私は、これを見て、Yahoo は、日本やアメリカだけじゃない。

私の記事をヨーロッパの人たちが、見てくれている。

私は、これに感謝し、週末に続編を書く予定である。

他の検索会社の Google は、何を思っているのか、丹念に、私の記事を掲載してくれている。


There is no accounting for taste.


がんばろう!!

kandk
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2010年10月17日

2010/10/17、オカルト・特殊論の理由4

2010/10/10、私の記事

私は、「 概日リズム」は体内時計かも知れないが、この概日リズムは、地球を回るシューマン波であり、これが「 脳波 」に影響すると考えると、私の考えは一定化する。

ガリレオは、「 脳波 」のリズムを「 振り子時計 」に置き換えた事により、科学が発展したかと思うが、それは粗雑な時計に「 デフォルメ 」し、宇宙や生命のリズムの解明を放棄した点に大きな間違いを犯したと思う。


「 時間は脳波か電磁波であり、意識であり、根源は小脳の無意識にある 」と考えると人間の頭脳の脳波が地球を回るシューマン波に繋がり、「 小脳 」が作る睡眠や覚醒は細胞分裂をコントロールし、「 光 」が意識を生み、人間に時間意識や空間意識を与え、私の考えは一つになる。


時間意識や空間意識は、地球が人間に与えた道具であり、「 真の時間や空間 」ではない。

私は、それは天体の運動であると思うが、不明である。

2010/10/17、私の考え

これは、私だけの無責任な「 独り言 」である。

日本語で、人を「 人 」と「 間(ma) 」を組み合わせて「 人間 」と書くが、人間は「 間(ma) 」の中で生きているのかも知れない。

人と人の「 間 」で生きるのが「 人間 」であると思うが、別の意味が存在するかも知れない。

時間も「 時 」と「 間(ma) 」の組み合わせであり、空間も「 空 」と「 間(ma) 」の組み合わせであり、人間と時間と空間は「 間(ma) 」を共有している。


時間と言っても、意識では「 ガリレオ 」などの科学者が定義した時間は「 思考されて時間 」であり、実生活の時間や空間は、現象が惹起する「 間(ma)」の意識であり、小脳による運動可能性や身体可能性が「 空間意識 」であり、呼吸や心拍のリズムが「 時間意識 」である事は前述した。


「 ガリレオ 」が計測した「 時間 」は、「 運動 」が頭脳の「 絶対静止した座標 」で計測した現象ならば、主観的であり、「 私の内なる宇宙の時間意識と空間意識 」の主観性と変わりなく、外部の、誰でも知り得る主観的「 運動 」に転化したに過ぎず、「 ガリレオ 」は、時間が何から生まれるかを知っていたのではないと考える。


現在は、「 思考された時間 」に支配され、「 私の内なる宇宙の時間意識と空間意識 」を転化させられていると思うが、「 時間や空間は意識である 」と考え、「 私の内なる宇宙の時間意識と空間意識 」を喪失させない事が、「 人間性の復活 」であると考えるから、オカルトや特殊論と書いている。

時間も「 時 」と「 間 」の組み合わせであり、空間も「 空 」と「 間 」の組み合わせであり、人間と時間と空間は「 間(ma) 」を共有しているが、「 間(ma)」は、「 人 」と「 間 」を組み合わせた「 人間 」の小脳の無意識の可能性であるから、時間や空間は、目で見たり耳で聞く感覚の「 絶対静止した座標 」で判断した「 私の内なる宇宙の時間意識と空間意識 」であり、無意識が決定した価値観であるから、時間や空間が存在するという意識が生まれる。


頭脳の中の「 絶対静止した座標 」を廃棄すれば「 今 」や「 ここ 」が存在しなくなり、人間の存在は「 小脳の無意識 」を拡げるか縮めるか、価値観という意識を拡げるか縮めるかの違いになり、その違いは人間の「 人格 」が高いか低いかに具現化すると考える。


「 欲 」は宇宙空間の果てまで延びるが、「 エーテル 」であり、「 小脳の無意識 」の可能性であり、宇宙空間の果てまで思う事は、「 無意識 」を考える事になる。

時間や空間や人間が「 間(ma)」である結果である。

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2010年10月10日

2010/10/10、レアメタルが不要なクロスカップリング

レアメタルが不要なクロスカップリング 立命館北研究グループが確立

レスポンス 10月9日(土)10時0分配信

立命館大学の薬学部北泰行教授の研究グループは、レアメタルを用いないクロスカップリング反応による導電性ポリマーと有機EL素材を開発した。

研究には、ヨウ素反応剤を用いたグリーンケミストリーなクロスカップリング反応を利用する。

クロスカップリングは、今年のノーベル化学賞の受賞が決まった鈴木章氏、根岸英一氏が基礎を築いた触媒を使って炭素同士を結合させ、新しい物質を作るもので、古くから日本が世界をリードしてきた研究分野。

様々な産業に応用されている基礎技術だが、クロスカップリング反応には、中国に依存度が高いレアメタルが必要だ。

レアメタルはハイブリッド自動車や家電の生産に必要不可欠なものとなっているが、今回の尖閣問題や輸出規制で供給リスクが高いことが問題視されている。

北研究グループでは、こうした状況を打破し、有害物質を使用しないグリーンケミストリーの観点から新しい技術の開発に1985年頃から取り組んできた。

今回、日本の産出量の多いヨウ素を触媒として用いた、環境に優しいグリーンケミストリーなクロスカップリング反応を用いる技術を開発した。

これを応用して導電性ポリマー、新しい有機ELなどの素材の開発にも成功した。

(引用を終わる)

2010/10/10、私の考え


またしても、レアメタルを必要としない開発だ。

日本の政府は、このような技術革新に対して、援助をすべきだ。

何もかも「 事業仕分け 」で、予算をつけない事が美徳ではない。

現在の政権担当者は、このような技術革新を知っているのかと、疑問に思う。

次世代の技術を見る事が出来ない政府は、廃棄すべきだと思う。
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2010/10/10、オカルト・特殊論の理由3

2010/10/3、私の記事

私のブログでは、「 真の時空 」は、感覚を超越して、人間では「 小脳の無意識 」で繋がっているという結論になった。

それが、具体的に何なのかという疑問になるだろう。

私は、「 概日リズム 」が「 真の時空 」であると思う。

私は、かって、RNA を「 意識 」であるとし、「 意識は太陽光から生じる 」と書いた。


脳波、ホルモン分泌、細胞の再生、その他の多くの生命活動には明確な概日リズムが存在しているとは、DNA とRNA の分裂を「 小脳 」からの「 酵素 」が可能にし、その「 小脳 」の働きそのものに概日リズムが存在すると考える。


「 意識は太陽光から生じる 」のは、そのリズムの周期が光パルスや暗パルスによってリセットされる事であり、「 睡眠 」とは、「 絶対静止の時空の座標 」を持たない状態で、「 小脳の無意識 」のリズムであり、 そのリズムが恒常的な状態(例えば恒暗状態)でも約24時間の周期を持続する「 生命体のリズム 」であり、太陽光により「 意識 」つまり、「 絶対静止の時空の座標 」を持った状態、覚醒の状態になると考える。


この「 概日リズム 」が「 真の時間 」であると考えるので、次の結論になる。



私は、ガリレオが「 心拍 」より「 振り子 」が正しい時間を示すと考え、時間を計測したとき、悪魔に心を売ったと思っている。

振り子を見ている事、何故、目で見えるのかが説明できないのに、見えない時間を計測する事が出来ると考えた事が、科学の進歩であると同時に、哲学の後退であると考える。


私は、「 心拍 」や「 呼吸 」こそが時間を決定し、身体の運動可能性が空間を決定する無意識で、これを放棄したガリレオに反対するので、オカルトであり、特殊論であると書いている。




このように、「 概日リズム」を生物が共通して持つ事は、哲学者は、この「 概日リズム 」が何故、生じるのかを考えるべきで、「 概日リズム 」を放棄して、「 絶対静止の時空の座標 」の存在を前提とする、「 振り子 」が示す物理的、思惟的時間を正当であると断定するのは、「 哲学の自殺 」に他ならない。

2010/10/10、私の考え


私は、「 概日リズム」は体内時計かも知れないが、この概日リズムは、地球を回るシューマン波であり、これが「 脳波 」に影響すると考えると、私の考えは一定化する。

ガリレオは、「 脳波 」のリズムを「 振り子時計 」に置き換えた事により、科学が発展したかと思うが、それは粗雑な時計に「 デフォルメ 」し、宇宙や生命のリズムの解明を放棄した点に大きな間違いを犯したと思う。


「 時間は脳波か電磁波であり、意識であり、根源は小脳の無意識にある 」と考えると人間の頭脳の脳波が地球を回るシューマン波に繋がり、「 小脳 」が作る睡眠や覚醒は細胞分裂をコントロールし、「 光 」が意識を生み、人間に時間意識や空間意識を与え、私の考えは一つになる。


時間意識や空間意識は、地球が人間に与えた道具であり、「 真の時間や空間 」ではない。

私は、それは天体の運動であると思うが、不明である。


参考

概日リズム(Wikipedia)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A6%82%E6%97%A5%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0

定義
概日リズムは、次の3つの基準で定義してよいであろう。
1. そのリズムが恒常的な状態(例えば恒暗状態)でも約24時間の周期を持続する。
2. そのリズムの周期が光パルスや暗パルスによってリセットされる。
3. そのリズムが温度補償性を持っている、つまり一定範囲内の温度において周期が変わらない。

起源
概日リズムは進化上最も古い細胞に起源を持ち、昼間の有害な紫外線下でのDNA複製を回避するために獲得した機能であると考えられている。結果として複製は夜間に行われることとなった。現存するアカパンカビ (Neurospora) は、このような時計制御された複製機構を保持している。



動物の概日リズム
概日リズムは人を含む動物において、睡眠や摂食のパターンを決定する点において重要である。脳波、ホルモン分泌、細胞の再生、その他の多くの生命活動には明確な概日リズムが存在している。

哺乳類における時計中枢は視床下部の視交叉上核
(suprachiasmatic nucleus; SCN) に存在する。

視交叉上核を破壊された動物では、規則正しい睡眠・覚醒リズムが完全になくなってしまう。

視交叉上核は光の情報を目から受け取る。

目の網膜において光を感受できる細胞は、古くから知られている視細胞の桿体細胞、錐体細胞のみではなく、網膜神経節細胞 (retinal ganglion cell) の一部にも存在する。

これらの細胞はメラノプシン (melanopsin) と呼ばれる感光色素を含んでおり、網膜視床下部路を通って視交叉上核に達する。視交叉上核の細胞は、体内から取り出され外界からの刺激がない状態で培養されても、独自のリズムを何年間も刻み続けることができる。

視交叉上核は日長の情報を網膜から受け取り、他の情報と統合し、松果体 (pineal gland) へ送信していると考えられている。

松果体ではこの情報に応答してホルモンであるメラトニン (melatonin) を分泌する。メラトニン分泌は夜間に高く昼間に低い。


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2010年10月09日

2010/10/9、劉暁波氏、ノーベル平和賞を受賞

ノーベル平和賞に劉暁波氏 投獄中の中国民主活動家
産経新聞 10月8日(金)18時6分配信

 【ロンドン=木村正人】ノルウェーのノーベル賞委員会は8日、中国共産党の一党独裁体制の廃止などを求めた「08憲章」の起草者で、中国で服役中の民主活動家、劉暁波(りゅう・ぎょうは)氏(54)に2010年のノーベル平和賞を授与すると発表した。中国の民主活動家の受賞は初めてで、中国政府が激しく反発するのは必至だ。


2010/10/9、私の考え


日本が中国でサッカーした時、日本国国旗を侮辱された事があり、先日は、日本の領海内にもかかわらず、中国の領土だと主張し、犯罪者を放置せざるをえなかった。

これに対し、国家のいうがままに、反応する国民ばかりと思っていたが、ノーベル平和賞を受けるに値する国民がいたとは意外だった。

サッカーも思想も考え方も、「 文化 」であり、「 文化 」を「 文化 」で消滅させる事は出来ず、たとえ「 力 」で消滅させても、「 小脳の無意識 」により復活する事は、以前、映画の「 コーブ 」で書いた。

思想も考え方は「 個人の人格や価値観 」でまとまっており、「 国家の価値観 」が「 個人の価値観 」を「 力 」で潰す現実は、「 天安門事件 」で、戦車が人を押し殺すという映像が象徴している。

これらが、人間の道徳として許される筈がない。

共産主義とは、他民族の憲法として、「 マルクス・レーニン主義 」を掲げている筈だから、思想や宗教の多様性を前提にするのは当然で、ダライ・ラマや今回の活動家を弾圧する事は、共産党一党独裁政治が、誤りであり、すべての人民の政府の筈が、功利的な富裕層だけを優遇し、農民を犠牲している事は、「 国家の価値観が間違っている証拠 」だと思う。

とにかく、劉暁波さん、ノーベル賞、おめでとう。
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2010年10月06日

2010/10/6、禁煙と健康(ココロちゃんとおじさん)

10月1日から、大幅な「 タバコ税の増税 」によるタバコの値上げが実施されています。

これを契機に、「 禁煙 」を決心した人も多いと思います。

私も、5〜6年間、禁煙していますが、私の拙い経験や考えを「 ココロちゃんとおじさん 」というブログで書いています。

禁煙をしている方の参考にはならないと思いますが、禁煙の応援歌のつもりで書いていますので、興味が御座いましたら閲覧してください。

ブログ名「 ココロちゃんとおじさん 」

カテゴリー「 禁煙と健康 」

     ↓
http://m24658.cocolog-nifty.com/blog/cat33399271/index.html
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2010年10月03日

2010/10/3、オカルト・特殊論・特殊論の理由2

2010/9/24、私の記事

私の「 特殊論 」の目的は、ガリレオ以前に戻る事です。

ガリレオは、科学の基礎を築いた人で、科学の進歩により、現在の私が、パソコンでインターネットしている事には感謝しているが、私がこれまで書いて来た「 意識 」や「 無意識 」、「 時間 」や「 空間 」や「 心 」などという、人間の誰もが持っている事を哲学者が解明して来なかったと思う。

私の勉強不足で、イマヌエル・カント以外に、時間や空間を考えた有名な哲学者を知らない。

赤ん坊は、時間や空間を説明しなくても呼吸する事が出来るし、身体を動かす事も出来る。

この何万年も続いた事実を、哲学者はどのように説明するのだろうか?

私は、ガリレオが「 心拍 」より「 振り子 」が正しい時間を示すと考え、時間を計測したとき、悪魔に心を売ったと思っている。

振り子を見ている事、何故、目で見えるのかが説明できないのに、見えない時間を計測する事が出来ると考えた事が、科学の進歩であると同時に、哲学の後退であると考える。


私は、「 心拍 」や「 呼吸 」こそが時間を決定し、身体の運動可能性が空間を決定する無意識で、これを放棄したガリレオに反対するので、オカルトであり、特殊論であると書いている。


私は、以前書いたように、「 真の時間や空間 」を人間が知っているのではなく、「 時間 」や「 空間 」と言うのは、自分の「 時間意識 」や「 空間意識 」であり、「 真の時間や空間 」を知らないという点が「 客観的事実 」であると考える。



2010/9/26、私の記事


一方で、人間の五感という形態の意識が時空であり、他方で、人間は「 真の時空 」を知らないとは矛盾したことだと思うが、私の考えでは、矛盾しない。

時空の中にいて、真の時空を知らない。

意識は電磁波であり、時間意識と空間意識を生み、それを「 時間 」と「 空間 」呼んで実体化している。

実体化するのは「 小脳の無意識 」であり、意識を生むと考える。

意識は「 生まれた物 」だから、「 生んだ物 」を知らないという意味で、意識を超越した、あるいは意識する事が出来ないのが、「 時空 」であると考える。

五感は全て、「 時空 」をデフォルメして、脳の内部で再構築した感覚であり、五感という意識に共通で、五感という区別をしない「 無意識 」が、時空と関連していると考える。

「 時空 」が「 無意識 」で、目が構成する時間意識や空間意識と、耳で構成する時間意識と空間意識は同一で共通だから、神様は音を観る「 観音 」が可能であり、人間は、目で見えなくてもピアノを弾く事が可能である。

「 真の時空 」は、感覚を超越して、人間では「 小脳の無意識 」で繋がっていると考える。




2010/10/3、私の考え


私のブログでは、「 真の時空 」は、感覚を超越して、人間では「 小脳の無意識 」で繋がっているという結論になった。

それが、具体的に何なのかという疑問になるだろう。

私は、「 概日リズム 」が「 真の時空 」であると思う。

私は、かって、RNA を「 意識 」であるとし、「 意識は太陽光から生じる 」と書いた。


脳波、ホルモン分泌、細胞の再生、その他の多くの生命活動には明確な概日リズムが存在しているとは、DNA とRNA の分裂を「 小脳 」からの「 酵素 」が可能にし、その「 小脳 」の働きそのものに概日リズムが存在すると考える。


「 意識は太陽光から生じる 」のは、そのリズムの周期が光パルスや暗パルスによってリセットされる事であり、「 睡眠 」とは、「 絶対静止の時空の座標 」を持たない状態で、「 小脳の無意識 」のリズムであり、 そのリズムが恒常的な状態(例えば恒暗状態)でも約24時間の周期を持続する「 生命体のリズム 」であり、太陽光により「 意識 」つまり、「 絶対静止の時空の座標 」を持った状態、覚醒の状態になると考える。


この「 概日リズム 」が「 真の時間 」であると考えるので、次の結論になる。



私は、ガリレオが「 心拍 」より「 振り子 」が正しい時間を示すと考え、時間を計測したとき、悪魔に心を売ったと思っている。

振り子を見ている事、何故、目で見えるのかが説明できないのに、見えない時間を計測する事が出来ると考えた事が、科学の進歩であると同時に、哲学の後退であると考える。


私は、「 心拍 」や「 呼吸 」こそが時間を決定し、身体の運動可能性が空間を決定する無意識で、これを放棄したガリレオに反対するので、オカルトであり、特殊論であると書いている。




このように、「 概日リズム」を生物が共通して持つ事は、哲学者は、この「 概日リズム 」が何故、生じるのかを考えるべきで、「 概日リズム 」を放棄して、「 絶対静止の時空の座標 」の存在を前提とする、「 振り子 」が示す物理的、思惟的時間を正当であると断定するのは、「 哲学の自殺 」に他ならない。

「 うるう年 」を作り、物理的、思惟的時間の欠陥を隠すことに反対である。


参考

概日リズム(Wikipedia)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A6%82%E6%97%A5%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0

定義
概日リズムは、次の3つの基準で定義してよいであろう。
1. そのリズムが恒常的な状態(例えば恒暗状態)でも約24時間の周期を持続する。
2. そのリズムの周期が光パルスや暗パルスによってリセットされる。
3. そのリズムが温度補償性を持っている、つまり一定範囲内の温度において周期が変わらない。

起源
概日リズムは進化上最も古い細胞に起源を持ち、昼間の有害な紫外線下でのDNA複製を回避するために獲得した機能であると考えられている。

結果として複製は夜間に行われることとなった。

現存するアカパンカビ (Neurospora) は、このような時計制御された複製機構を保持している。



動物の概日リズム
概日リズムは人を含む動物において、睡眠や摂食のパターンを決定する点において重要である。

脳波、ホルモン分泌、細胞の再生、その他の多くの生命活動には明確な概日リズムが存在している。

posted by kandk55 at 02:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 独り言 28 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする