2012年01月21日

箱根旅行と富士山

あまり良い出来栄えではありませんが、未発表の写真がありました。

これは、大涌谷の駅で写したものです。



hakonero-puuei








これは、箱根ロープウェイの中から写したものです。

あまり良い出来栄えではありません。


富士1



私のホームページ

http://www.k5.dion.ne.jp/~denden55/index.html
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2012/1/21、オカルト・私の思い 4(有る)

私は仏教が好きだが、僧侶ではない。
哲学的な文章だが、哲学を学んでいない。
物理の話をするが、物理を学んでいない。
心理の話をするが、心理学を学んでいない。
霊魂の話をするが、霊能力者ではない。
私は、三流大学の法律科を卒業した。


2012/1/17、私の記事

それでは、西方十万億の仏土を過ぎて彼方にあるという「 極楽 」は、文字で書かれたように、遥かな宇宙空間に「 有る 」のだろうか?


私は「 有る 」は「 無い 」の反対語であり、「 有る 」は「 存在 」を意味しない。


「 無明 」の人間の真理が「 無常 」の中で、相対的な真理(相対的な関係)として存在するかも知れないが、現在の私は「 無常が真理である 」と思っている。


人間は「 無明 」で「 無常 」な「 存在 」であるから、真理は相対的な「 存在 」であり、「 有る 」とはいえない。


「 存在 」は無意識が決めるのであり、「 有る 」ということは無意識では決められないと思う。


「 苦 」が、「 無常という真理に迷う無明 」であれば、「 無明 」から抜け出した、つまり「 苦 」から抜け出した「 楽 」が「 有る 」かも知れない。


私は、「 苦 」や「 楽 」は神仏が決める「 有る 」であり、人間の無意識で決める「 存在 」ではないと思う。


前述したように、「 神 」の領域は、無明(生命)と共変する方向であり、測定が不可能な領域で、「 時間 」の中に、人間の中に在るのかも知れないと考えると、「 苦 」や「 楽 」は、遥かな宇宙空間に「 有る 」のではなく、共変するために計測不能な「 無意識の時間 」や「 生命 」の中に「 有る 」かも知れない。


仏陀が「 楽ばかりが有る極楽が有る 」と言ったならば、それは、「 苦 」を克服した「 楽 」が「 有る 」ということで、「 克服した心境が有る 」ことだろうと思う。


2012/1/21、私の考え


「 存在 」は無意識が決めるのであり、「 有る 」ということは無意識では決められないとは、何か。


「 存在 」は、「 無明 」の中で真実に迷いながら形成する無意識の「 一定の関係 」であり、「 有る 」は「 無い 」の反対語で、「 意識 」の「 一定の関係の肯定 」であり、「 一定の関係 」に五感などの知覚を当てはめたものと、私は思う。


「 存在を信じる 」ならば、反証が出来るかもしれないが、「 有ると信じる 」とは、意識による存在の肯定であり、それを否定することは個人の主観に委ねられている「 考え方 」を否定することだと思う。


「 個人の主観 」とは、生命の方向であり、精神であると思う。


「 存在 」の把握が間違えば、医学による救済も出来るが、「 有ると信じる 」ことの間違いは科学による救済ではなく、「 考え方 」などの精神の救済によると思う。


精神は薬物などの科学による救済や治療もあるが、結局は、「 個人の主観 」の訂正が最も良い治療であると思う。


「 存在 」は無意識が決めるのであり、「 有る 」ということは無意識では決められないとは「 有る 」が意識での肯定であることで、「 関係 」も、この精神の中にあるかも知れない。


「 有る 」ことが精神であり、それを信じるため、「 無明 」の中で真実に迷いながら形成する無意識の「 一定の関係 」が「 心的存在意識 」であり、これを通じて「 信じる 」ことに導かれると思う。


「 極楽の存在を信じること 」ではなく、「 極楽が有ると信じること 」の中に「 極楽 」が有ると思う。


「 有る 」とは信じることであるが、人類はみんな何かを信じているのであり、信じなくては生活が不能であるだろう。


「 お金 」を信じるから働くだろうし、人を信じるから人間関係も成立するだろうし、「 人格 」がある限り、人は無意識で「 心的存在意識 」を作り、「 関係 」を作り、何かを信じていると思う。
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2012年01月17日

2012/1/17、オカルト・私の思い 3(極楽)

私は仏教が好きだが、僧侶ではない。
哲学的な文章だが、哲学を学んでいない。
物理の話をするが、物理を学んでいない。
心理の話をするが、心理学を学んでいない。
霊魂の話をするが、霊能力者ではない。
私は、三流大学の法律科を卒業した。


2012/01/16、私の記事

このように、「 時制 」を決める無意識と、「 存在 」を決める無意識が、「 一定の関係 」を境にして連結している


この、「 時制 」を決める無意識と、「 存在 」を決める無意識が、「 一定の関係 」を境にして連結しているとは、何だろう。


無意識が、一方では「 時制 」を決め、他方では「 存在 」を決めている。


「 時間 」を考えるとき、「 存在 」の変化で、時間を感じるだろう。


それが、私がいう「 時間意識 」なのだが、「 変化を感じる 」とは、自分と違う方向への存在の動きであると思う。


「 存在と時間 」は、無意識の中の「 無明 」から生じる「 存在 」という「 一定の関係 」と、「 無常 」から生じる「 過去や未来や現在 」という「 時制 」の「 一定の関係 」の関係であると思う。


「 関係 」とは、「 係わり合い 」であり、自分とは違う方向(生命とは違う方向)が「 変化 」であり、自分と同じ方向(生命と同じ方向)は「 共変 」の関係であり、「 共変するものは測定することが出来ない 」が、それは無明(生命)の方向であるから「 神 」ともいうべき、「 自分を導くもの 」で、それが「 時間 」であるならば、「 本当の時間は測定することは出来ない 」というのが、「 私の考え 」である。


「 時間 」というのは「 時間意識 」であり「 無意識の時間 」ではないから測定するが、「 今 」や「 瞬間 」は無意識で決められるから、測定はできない。


時制の「 今 」や「 瞬間 」という「 無常 」の無意識の「 一定の関係 」と、「 存在 」という「 無明 」の無意識の「 一定の関係 」が混在する場所で、「 時間意識 」と「 空間意識 」が生じると思う。


「 空間意識 」とは、無意識が「 一定の関係 」に具現したときに、認識するのであり、「 一定の関係 」が及ばない場所、例えば遥かな宇宙空間では「 空間意識 」は生じないし、それの比較から生じる「 時間意識 」も生じないだろう。


反対に、「 及ぶところ 」は、時間や空間の意識が生じることになる。


私は、「 遥かな宇宙空間 」が「 神 」の領域であるとは思わない。


「 神 」の領域は、無明(生命)と共変する方向であり、測定が不可能な領域で、「 時間 」の中に、人間の中に在るのかも知れない。



2012/1/17、私の考え


それでは、西方十万億の仏土を過ぎて彼方にあるという「 極楽 」は、文字で書かれたように、遥かな宇宙空間に「 有る 」のだろうか?


私は「 有る 」は「 無い 」の反対語であり、「 有る 」は「 存在 」を意味しない。


「 無明 」の人間の真理が「 無常 」の中で、相対的な真理(相対的な関係)として存在するかも知れないが、現在の私は「 無常が真理である 」と思っている。


人間は「 無明 」で「 無常 」な「 存在 」であるから、真理は相対的な「 存在 」であり、「 有る 」とはいえない。


「 存在 」は無意識が決めるのであり、「 有る 」ということは無意識では決められないと思う。


「 苦 」が、「 無常という真理に迷う無明 」であれば、「 無明 」から抜け出した、つまり「 苦 」から抜け出した「 楽 」が「 有る 」かも知れない。


私は、「 苦 」や「 楽 」は神仏が決める「 有る 」であり、人間の無意識で決める「 存在 」ではないと思う。


前述したように、「 神 」の領域は、無明(生命)と共変する方向であり、測定が不可能な領域で、「 時間 」の中に、人間の中に在るのかも知れないと考えると、「 苦 」や「 楽 」は、遥かな宇宙空間に「 有る 」のではなく、共変するために計測不能な「 無意識の時間 」や「 生命 」の中に「 有る 」かも知れない。


仏陀が「 楽ばかりが有る極楽が有る 」と言ったならば、それは、「 苦 」を克服した「 楽 」が「 有る 」ということで、「 克服した心境が有る 」ことだろうと思う。


一般的には「 極楽 」は「 無い 」というはずなのに、古代の人が、なぜ「 極楽 」が「 有る 」と言ったのかについての私の考えは、後日、書く予定である。




参照

極楽

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A5%B5%E6%A5%BD%E6%B5%84%E5%9C%9F

極楽(ごくらく、Skt:sukhaavatii)とは、阿弥陀仏の浄土であり、サンスクリット語「スクヮーヴァティー」は「スクヮー」(sukhaa)に「ヴァト」(vat)を加えたもので「幸福のあるところ」「幸福にみちみちてあるところ」の意味。須呵摩提(しゅかまだい)、蘇珂嚩帝(そかばってい)、須摩提(しゅまだい)、須摩題などと音表され、安楽、極楽、妙楽などと訳出された。
『阿弥陀経』には「衆苦あることなく、ただ諸楽を受くるが故に極楽と名づく」というが、梵蔵文では、衆苦を身心の諸々の苦といい、諸楽を楽の材料というから、極楽とは身心が共に苦を離れていて、幸福の材料だけがあるところの意味。

……(中略)……
この浄土について、古来、「唯心の弥陀、己心の浄土」、「己心の弥陀、唯心の浄土」と説く。すなわち、極楽といい、それが西方十万億の仏土を過ぎて彼方にあるというが、衆生引接のためで、実は己心こそ浄土であり、阿弥陀仏とはいってもただ心に外ならないというのである。
この主張は主に華厳宗や禅宗でいわれる


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2012年01月16日

2012/1/16、オカルト・私の思い 2(存在と時間)

私は仏教が好きだが、僧侶ではない。
哲学的な文章だが、哲学を学んでいない。
物理の話をするが、物理を学んでいない。
心理の話をするが、心理学を学んでいない。
霊魂の話をするが、霊能力者ではない。
私は、三流大学の法律科を卒業した。



2012/1/14、私の記事



「 万物は流転する 」が無常であり、「 我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこに行くのか 」を無明と考え、前者が情(zyou)であり、肉体であり、後者は気(ki)であり、生命であると思う。


「 過去や未来 」は前者が決め、「 現在 」は後者が決め、前者はバイオリズムや遺伝子情報などの無意識であり、後者は、無意識の中で電磁波に似た構造の意識だろう。


「 無常 」と「 無明 」は、無意識の中で連結していると思う。



2012/1/16、私の考え


このように、「 時制 」を決める無意識と、「 存在 」を決める無意識が、「 一定の関係 」を境にして連結している


この、「 時制 」を決める無意識と、「 存在 」を決める無意識が、「 一定の関係 」を境にして連結しているとは、何だろう。


無意識が、一方では「 時制 」を決め、他方では「 存在 」を決めている。


「 時間 」を考えるとき、「 存在 」の変化で、時間を感じるだろう。


それが、私がいう「 時間意識 」なのだが、「 変化を感じる 」とは、自分と違う方向への存在の動きであると思う。


「 存在と時間 」は、無意識の中の「 無明 」から生じる「 存在 」という「 一定の関係 」と、「 無常 」から生じる「 過去や未来や現在 」という「 時制 」の「 一定の関係 」の関係であると思う。


「 関係 」とは、「 係わり合い 」であり、自分とは違う方向(生命とは違う方向)が「 変化 」であり、自分と同じ方向(生命と同じ方向)は「 共変 」の関係であり、「 共変するものは測定することが出来ない 」が、それは無明(生命)の方向であるから「 神 」ともいうべき、「 自分を導くもの 」で、それが「 時間 」であるならば、「 本当の時間は測定することは出来ない 」というのが、「 私の考え 」である。


「 時間 」というのは「 時間意識 」であり「 無意識の時間 」ではないから測定するが、「 今 」や「 瞬間 」は無意識で決められるから、測定はできない。


時制の「 今 」や「 瞬間 」という「 無常 」の無意識の「 一定の関係 」と、「 存在 」という「 無明 」の無意識の「 一定の関係 」が混在する場所で、「 時間意識 」と「 空間意識 」が生じると思う。


「 空間意識 」とは、無意識が「 一定の関係 」に具現したときに、認識するのであり、「 一定の関係 」が及ばない場所、例えば遥かな宇宙空間では「 空間意識 」は生じないし、それの比較から生じる「 時間意識 」も生じないだろう。


反対に、「 及ぶところ 」は、時間や空間の意識が生じることになる。


私は、「 遥かな宇宙空間 」が「 神 」の領域であるとは思わない。


「 神 」の領域は、無明(生命)と共変する方向であり、測定が不可能な領域で、「 時間 」の中に、人間の中に在るのかも知れない。
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2012年01月14日

2012/1/14、オカルト・私の思い 1

2012年の始めなので、カテゴリーを新設しました。

以前に書いた記事の延長に「 私の考え 」があるのですが、私の記憶力が劣るため、脱落したり、新しい思いを追加しているかも知れません。

これも「 無常の中での無明な私 」として許してください。


考えたこと


@ 私は無常の中で無明な塊(霊)である。


「 万物は流転する 」が無常であり、「 我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこに行くのか 」を無明と考え、前者が情(zyou)であり、肉体であり、後者は気(ki)であり、生命であると思う。


「 過去や未来 」は前者が決め、「 現在 」は後者が決め、前者はバイオリズムや遺伝子情報などの無意識であり、後者は、無意識の中で電磁波に似た構造の意識だろう。


「 無常 」と「 無明 」は、無意識の中で連結していると思う。


A 「 存在 」は物質ではなく、「 一定の関係 」だと思う。


「 関係 」は無常から生まれるバイオリズムや無意識であり、本来は無限だが、五感の意識が有限にする。


内部に無限の「 関係 」(自分が変われば相手も変わる)無意識を、「 過去や未来 」を、「 現実 」の意識というエネルギーで満たした「 一定の関係 」、「 習慣 」が、自分にとっての「 存在 」、つまり「 心的存在意識 」であると思う。


自分にとっての「 存在 」、「 心的存在意識 」は性格であり、「 癖 」であり、それが自分という「 人物 」や「 人格 」を形成すると思う。


「 存在 」は物質に限らず、「 一定の関係 」であれば、意識内にも「 存在 」し、それが「 心的存在意識 」であると思う。


無常が全てに関連していることから、「 心的存在意識 」も全てに関連すべきなのに、それを阻害しているのが「 自我 」であり、「 阻害している状況 」が「 無明 」であると思う。



B 「 見える(知覚する)ものが、執着を生む 」と思う。

知覚するものを「 絶対視 」するのではなく、「 自分の関係の中の知覚 」を「 絶対視 」することにより、執着を少なくすると思う。


五感で知覚するから「 有限 」と思い、「 心的存在意識 」が生まれて、執着が始まると思う。
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2012年01月08日

2012/1/8、Windows Media Player でMP4ビデオの再生3(W7)

Windows 7 編

 iTune で再生することが出来るMP4形式のビデオを、「 ファイル 」にして、コンピューター内やハードディスクに保存していること。

私は、Windows XP もWindows 7 も、東芝製のQosmio を使っていて、これの Windows Media Player について書いている。

Windows 7 では、大幅な改善が行われたと思うが、Media Player も大きな変化がある。

XP で見ることが出来なかったMP4形式のビデオが、Windows 7 では、Windows Media Player で見ることが出来る。

保存した場所が、「 マイドキュメント 」でもハードディスクでも、その場所を開けば、タイトルが画面で表示され、クリックすると、FLV形式は Rial Player 、MP4形式はWindows Media Player が立ち上がり、再生する。

だから、XP のように、Media Player の中に読み込む必要はないが、読み込む場合を書こうと思う。

<読み込み>

@ Windows Media Player を開くと、XP の場合の「 ライブラリ 」を開いた状態になる。

一番上に「 ライブラリ 」があり、右側の黒い三角をクリックすると、「 音楽 」「 ビデオ 」「 画像 」「 録画一般 」「 その他のメディア 」「 再生リスト 」と表示されるが、「 ビデオ 」を選択する。


A その下に、「 整理(o)」と「 ストリーム(R)」と「 再生リストの作成(C)」というボタンがあるが、「 整理(o)」ボタンの右側の黒い三角をクリックして、「 ライブラリの管理(A)」にカーソルを当てると、「 音楽 」「 ビデオ 」「 画像 」「 録画一般 」の表示が出てくる。


B「 ビデオ 」をクリックすると、「 ビデオライブラリの場所 」の画面になり、「 フォルダをライブラリに追加すると、そのフォルダ内のファイルがライブラリに表示されます。ただし、実際の保存場所は元の場所から変わりません 」と表示され、「 マイビデオ 」が「 ライブラリの場所 」に自動的に追加されていて、「 追加 」ボタンと「 削除 」ボタンがある。


C「 追加 」ボタンをクリックして、保存された場所を探し、MP4 形式のビデオのファイルをクリックして「 フォルダを追加 」のボタンをクリックすると、「 ライブラリの場所 」の中にファイルが表示される。


D「 OK 」ボタンをクリックすると、即座に追加が始まり、Xp のような読み込み画面は出て来なくて、ライブラリの中に、フォルダが画像で表示される。


Eフォルダの画像をクリックすると、Windouws Media Player が縮小された状態で開き、それを最大にすれば、大きな画像でビデオを見ることが出来る。


F追加したいファイルが、後日、出現すれば、Cの画面で「 追加 」することが出来る。


<削除したいとき>


@、「 整理(o)」ボタンの右側の黒い三角をクリックして、「 ライブラリの管理(A)」にカーソルを当てると、「 音楽 」「 ビデオ 」「 画像 」「 録画一般 」の表示が出てくる。


A「 ビデオ 」をクリックすると、「 ビデオライブラリの場所 」の画面になり、「 フォルダをライブラリに追加すると、そのフォルダ内のファイルがライブラリに表示されます。ただし、実際の保存場所は元の場所から変わりません 」と表示され、「 マイビデオ 」が「 ライブラリの場所 」に自動的に追加されていて、「 追加 」ボタンと「 削除 」ボタンがある。


B「 ライブラリの場所 」から削除したいファイルをクリックして、「 削除 」ボタンをクリックする。

C「 OK 」ボタンをクリックすると、即座に「 ライブラリ 」から削除される。


………………………………………

感想

@ Windows XP と比べて、追加や削除が単独でも可能になり、簡単に追加や削除ができる。

A ビデオのタイトルが「 画像 」で表示されるので間違いが少ない。
posted by kandk55 at 05:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 私とパソコン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月07日

2012/1/7、Windows Media Player でMP4 ビデオを再生2(XP)

Windows XP 編

@ Windows XP でwindows Media Player 11 であること。

A iTune で再生することが出来るMP4形式のビデオを、「 ファイル 」にして、コンピューター内やハードディスクに保存していること。

この二つの存在を前提とします。


<まず、データーの読み込みについて>


@ Windows Media Player を開くと、一番上に「 プレビュー 」や「 ライブラリー 」や「 取り込み 」「 書き込み 」「 同期 」といった表示がありますので「 ライブラリー 」を選択します。


A その下に小さな黒い三角があります。一番左の黒い三角を押すと、「 音楽 」「 画像 」「 ビデオ 」「 録画されたテレビ 」「 その他のメディア 」という文字が出て来ます。


B「 その他のメディア 」を押して「 ライブラリー 」の画面にすると「 最近追加 」と「 その他のメディア 」と「 フォルダ 」が出てきます。


C「 最近追加 」は選択しません。

「 その他のメディア 」あるいは「 フォルダ 」をクリックします。


「 このライブラリーには検索アイテムがありません。プレーヤーはバックグラウンドでデジタルメディアファイルを検索します。<ここをクリックすると>今すぐライブラリーにファイルを追加します 」というメッセージが出ます。


D とりあえず「 フォルダ 」を選択して<ここをクリックすると>をクリックします。


E 「 自分の個人用フォルダ 」と「 自分のフォルダとアクセス可能な他のユーザーのフォルダ 」と「 追加 」と「 削除 」のボタンと「 OK 」ボタンが現れます。


F 「 自分のフォルダーとアクセス可能な他のユーザーのフォルダー 」にチェックを入れて「 追加 」ボタンをクリックすると「 マイドキュメント 」「 マイコンピューター 」「 マイネットワーク 」が出てきて「 マイコンピューター 」を押すと、MP4 ビデオを保存した「 マイドキュメント 」やハードディスクが表示されます。


G 「 マイドキュメント 」はDocumento and Settings として自動的に追加されますから、これだけでしたら、「 OK 」ボタンをクリックします。

ハードディスクに保存した MP4 形式のビデオを再生したいときは、保存した「 フォルダー 」をクリックし(これが手動で追加したことになる)、「 OK 」ボタンをクリックします。

すると、「 コンピューターを検索してライブラリーに追加 」というメッセージが現れて、データの読み込みが始まり、完了したら「 閉じる 」ボタンをクリックすると、Windows Media Player にMP4 形式のビデオを読み込んだ状態になります。



<これを、どのようにして見るか?>


@ Windows Media Player を開くと、一番上に「 プレビュー 」や「 ライブラリー 」や「 取り込み 」「 書き込み 」「 同期 」といった表示がありますので「 ライブラリー 」を選択します。


A その下に小さな黒い三角があります。一番左の黒い三角を押すと、「 音楽 」「 画像 」「 ビデオ 」「 録画されたテレビ 」「 その他のメディア 」という文字が出て来ます。


B「 その他のメディア 」を押して「 ライブラリー 」の画面で「 最近追加 」と「 その他のメディア 」と「 フォルダ 」が出てきます。


C「 その他のメディア 」を押すと、読み込んだ全ての MP4 形式のビデオのタイトルが出てきますし、「 フォルダー 」を押すと、Gで追加したフォルダー単位でビデオのタイトルが出てきます。


D MP4形式のビデオのタイトルをクリックすれば、Windows Media Player の大画面で、MP4形式のビデオを見ることが出来ます。



<削除するのはどうするか?>


@ Windows Media Player を開くと、一番上に「 プレビュー 」や「 ライブラリー 」や「 取り込み 」「 書き込み 」「 同期 」といった表示がありますので「 ライブラリー 」を選択します。


A その下に小さな黒い三角があります。一番左の黒い三角を押すと、「 音楽 」「 画像 」「 ビデオ 」「 録画されたテレビ 」「 その他のメディア 」という文字が出て来ます。


B「 その他のメディア 」を押して「 ライブラリー 」の画面で「 最近追加 」と「 その他のメディア 」と「 フォルダ 」が出てきます。


C「 その他のメディア 」を押すと、読み込んだ全ての MP4 形式のビデオのタイトルが出てきます。「 フォルダー 」を押すと、Fで追加したフォルダー単位で出てきます。


D 個別に削除したい場合は、「 タイトル 」を選んで「 右クリック 」して削除し、「 フォルダー 」全体を削除する場合は「 フォルダ 」を「 右クリック 」して削除することが出来ます。


E 全てを削除すれば、「 このライブラリーには検索アイテムがありません。プレーヤーはバックグラウンドでデジタルメディアファイルを検索します。<ここをクリックすると>今すぐライブラリーにファイルを追加します 」というメッセージの画面になります。

いったん選択したファイルは、残りますので、次回、再び読み込む必要はありません。


………………………………………

私の感想

新たにファイルを「 追加 」したいとき(いったん読み込んだファイルは、Eの「 削除 」ボタンを押さないとコンピューター内に残るが)、全部を削除しないと「 追加 」することが出来ないのが不便に感じます。
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2012年01月06日

2012/1/6、Windows Media Player で MP4 ビデオを再生する 1

皆さんは、既に、Windows Media Player で、「 MP4 形式 」のビデオを見られていると思います。


恥ずかしいのですが、私は、最近になって、見ることが可能であると知りました。


私は、Windous XP とWindouws 7 (32ビット)を所有して、それぞれにハードディスクを装置して、ポータブルのハードディスクを使って相互のデーターを交換させています。


Windows XP に Realplayer(有料) と GomEncoder(有料) iTune(無料)と Quick Time Plaer(無料)をインストールし、Windows 7 には Realplayer(無料)と iTune(無料)と Quick Time Plaer(無料)をインストールしています。


これまでは、FLV形式を Realplayer で取得し、FLV形式のビデオを Real player で見るか、あるいはFLV形式を GomEncoder を使ってMP4 形式に変換して、iTune で見ていました。


最近のことですが、MP4 形式のビデオを、Windows Media Player の画面で見ることが出来ると知りました。

MP4 形式のビデオを取得することは、各自の努力に委ねます。


私の場合、ドキュメントのマイビデオにFLV形式のビデオ、GomEncoder にMP4形式のビデオが保存され、それをハードディスクにも保存しています。

Windows XP の場合は、GomEncoder に保存した MP4形式のビデオを直接見ようとしても不可能です。

私は、フリーソフトをインストールする方法ではなくて、GomEncoder でMP4 形式に変換したあと、Windows Media Player で見ることを書きます。


 MP4 形式のビデオが存在して、それを Windows Media Player で見た、私の方法を書きますが、他に方法があって、皆さんは既にご存知であるかも知れません。


@ Windows Media Player は、ほとんどのパソコンに装備されている。


A MP4 形式のビデオを、iTune で見るだけでなく、Windows Media Player で見ることができれば、多くの人が楽しむことが出来る。


この二つの理由で、どのようにすれば、見ることが可能であるかを書きます。


私は、フリーソフトを使う技術は持っていません。


GomEncoder で、iTune で見れるようにFLV形式のビデオを MP4 形式のビデオに変換したあとのことを書きます。


まず、Windows XP の Windows Media Player を使う場合を明日、書く予定です。


posted by kandk55 at 06:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 私とパソコン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする