2012年08月28日

2012/8/28、原子力発電は必要か?13・政治

ヤフーニュース

@
http://headlines.yahoo.co.jp/hl

「過半の国民」は脱原発依存=30年ゼロ、半数が懸念―政府
時事通信 8月28日(火)18時36分配信
 政府は28日、エネルギー政策に関する国民の意見を検証する専門家会合を開き、「少なくとも過半の国民は原発に依存しない社会の実現を望んでいる」との分析結果を提示した。同日の会合で取りまとめ、古川元久国家戦略担当相が近く開催するエネルギー・環境会議に報告する。
 分析結果は、脱原発依存の時期や実現可能性については「意見が分かれているか、あるいはまだ定まっていない」と指摘。特に「2030年までにゼロという点に関しては、調査にもよるが、半数程度の国民が何らかの懸念を有している」とした。 


A
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120828-00000792-yom-pol

 

「脱原発」に経済界反発、大阪新エネ会議中止へ
読売新聞 8月28日(火)14時43分配信
 大阪府が来年1月に開催を予定していた「大阪新エネルギーフォーラム2013」が、府や大阪市が進めるエネルギー政策への反発から、共催する国や経済団体との足並みが乱れ、中止に追い込まれていたことがわかった。
 フォーラムは府や大阪市、近畿経済産業局、関西経済連合会など8団体が実行委員会を結成。来年1月22〜25日の日程で準備していたが、実行委の委員長を務める松井一郎知事が6月になって、基調講演に府市のエネルギー戦略会議のメンバーを招き、同会議の活動報告をすることを提案。府側は、同会議座長の植田和弘・京都大教授(環境経済学)を軸に調整を試みたが、同会議は6月、2030年までの原発全廃を盛り込んだ中間案をまとめるなど「脱原発」路線を敷いており、経済団体などが「産業振興というフォーラムの目的と違う」と反発した。
 松井知事は「産業振興の前に、エネルギー政策の議論が必要だ」と植田氏の基調講演に強くこだわり、最終的に「足並みがそろわずに準備してもフォーラムは成功できない」(府幹部)として今月中止を決定した。


2012/8/28。私の考え


これは、私だけの考えであり、同調を求めない。


@に通り、国民は、原発を廃止しても安全なエネルギーを求めていると思う。


それにもかかわらず、経済界はAの考えである。


困っていること(マイナス)を、皆のために技術革新(プラス)をしましょうと、経済界はなぜ考えないのだろう。


原発を再稼動しなければ企業は海外移転するという貧弱な考えが、「 日本沈没 」の原因なのだ。



松井知事の「産業振興の前に、エネルギー政策の議論が必要だ」という意見に沿って、現政権は、選挙に負けることを覚悟して、原発を廃止して再生可能な自然エネルギーの開発に国策を変えることを要望する。


仮に、原発賛成の立場であっても、「 福島原発事故の被災者 」が存在する限り、新たな原発を作ることは、住民の反対で不可能だろうし、住民が原発に賛成すれば、国民の税金を使わず、自分達のお金で原発を作ることになる。


民意は@であるからだ。


経済界の意見に沿うだけの政権(前政権)は、国民を騙し、働かない「 原子力村 」を作り、御用学者を作ったが、国民の安全を考えなかった。


被爆から安全だという基準もなければ国家の機構も無い。


そんな時に、「 なぜ原発再稼動なのだ?」という疑問は当然に出てくる。


憲法違反の自分達の「 定員 」についても、税金から受け取る報酬が多すぎることも考えず、選挙で負ける保身だけのために、新党を結成する。


こんな国会議員は、国のために働く公務員ではない。


またしても、「 税金泥棒 」と叫びたくなる私である。
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2012年08月26日

2012/8/26、オカルト・気(ki)と情(zyou)6・気(ki)4自由

私は仏教が好きだが、僧侶ではない。
哲学的な文章だが、哲学を学んでいない。
物理の話をするが、物理を学んでいない。
心理の話をするが、心理学を学んでいない。
霊魂の話をするが、霊能力者ではない。
私は、三流大学の法律科を卒業した。

2012/1/14、私の記事


「 万物は流転する 」が無常であり、「 我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこに行くのか 」を無明と考え、前者が情(zyou)であり、肉体であり、後者は気(ki)であり、生命であると思う


2012/5/19、私の記事


これは、私だけの考えであり、同調は求めない。


私は、@時間を創る空間関係(因果の時間)と

A人間が考える時間(時間意識)を分ける。



2012/6/12、私の記事


これは、私だけの考えであり、同調を求めない。

私は、ここで「 無意識 」を修正することにする。

それは、「 小脳の無意識 」と「 大脳の無意識 」とに分け、前者が「 気(ki)」の無意識とし、後者を「 情(zyou)の無意識 」と仮定し、前者が後者を包摂すると考える。

そして、次のように連想する。

T、一方では、

@の時間

関係

連続

実有

気(ki)

気(ki)の無意識

現在

行為

無明

生命



U、他方では、

Aの時間(時間意識)

実体

不連続



情(zyou)

情(zyou)の無意識

過去や未来

思考

無常

肉体


2012/8/26、私の考え


これは、私だけの考えであり、同調を求めない。


「 自由と必然 」について考える。


私は、気(ki)の中の「 自由と必然 」と情(zyou)の中の「 自由と必然 」があり、後者が哲学での「 自由と必然 」であり、結果は「 無常 」であり、本当の「 自由 」は気(ki)のなかの「 自由と必然 」あるいは「 エネルギーと関係 」であり、「 無明 」として「 現在 」の「 行為 」に生きていると思う。


「 自由 」とは、本来、「 形 」や「 物語 」になるのではない。


「 自由 」は気(ki)で決まる「 現在 」に有り、情(zyou)、つまり「 記憶 」で決まる「 過去や未来 」には無い。


それは、「 自由 」は気(ki)の中の「 行為 」の中に存在し、「 行為 」は「 因縁と縁起 」で決まるのであり、情(zyou)である「 因果関係 」という脳内の「 物語 」で行為は決まらない。


「 法則 」は決定した因果関係であれば、その実体は、気(ki)の中の「 関係 」であると思う。


「 関係に従って行為する 」ことが、必然と自由の融合であるが、これは、気(ki)という「 エネルギー 」の問題であり、「 哲学 」という情(zyou)の問題ではない。


気(ki)であるから「 自由と必然 」は「 無明 」として「 現在 」に存在し、情(zyou)が決める「 過去や未来 」に「 自由 」は無い。


「 自由 」は「 現在 」の「 行為 」の中にあると考えると、「 自由 」とは、Tの気(ki)であるという結論になる。


「 自由 」は気(ki)であるから「 無明 」であり、釈迦やキリストなどの悟った聖人の行為は「 自由と必然 」が融合した行為であり、「 無明 」から脱した、迷いが無い「 解脱(gedatu) 」した人だろう。


そう考えると、「 自由と必然 」の問題ではなく、「 自由であること即ち無明と、無明では無いこと即ち解脱(gedatu) 」の問題であると思う。


哲学で判明した「 自由と必然 」は「 無常 」であり、「 無明 」を解決することは出来ないだろう。


繰り返すと、「 関係に従って行為する 」ことが、必然と自由の融合であるが、これは、気(ki)という「 エネルギー 」の問題であり、「 哲学 」という情(zyou)の問題ではないと思う。


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2012年08月23日

ホームページのリニューアル

ホームページをリニューアルしましたのでお知らせします。

私のホームページ

「 認知症の窓口と介護サービス情報公表 」

http://www.k5.dion.ne.jp/~denden55/index.html
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2012年08月22日

2012/8/22、原子力発電は必要か?12・民意が現れた

私は仏教が好きだが、僧侶ではない。
哲学的な文章だが、哲学を学んでいない。
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霊魂の話をするが、霊能力者ではない。
私は、三流大学の法律科を卒業した。

ヤフーニュース

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120822-00000082-mai-bus_all

<パブリックコメント>原発ゼロ支持9割 7000件分析
毎日新聞 8月22日(水)20時29分配信


 政府は22日、新たなエネルギー政策の策定に向けて実施したパブリックコメント(意見公募)の意見の約9割が原発ゼロを支持しているとの分析結果を明らかにした。
 同日開かれた、エネルギー政策への国民の意見を検証する政府の専門家委員会(座長・古川元久国家戦略担当相)で報告した。
 寄せられた8万9124件のうち約7000件を分析したところ、「ただちに原発ゼロ」が81・0%、「段階的にゼロ」が8・6%だった。原発容認と支持は合わせて約4%にとどまった。残りの約8万件も集計が終わり次第、公表する。
 委員からは「数値の解釈より、質的な分析、考え方の筋道を重視すべきではないか」「(7、8月)2カ月の国民的議論では(短すぎて)熟議できない」などの意見が出た。
 専門家委員会は次回以降、パブリックコメントや討論型世論調査などに寄せられた意見をどう活用するのかを協議する。検証結果は政府のエネルギー・環境会議に報告。将来的な原発依存度を示す「エネルギー・環境戦略」作りに反映させることを目指す。【久田宏】



2012/8/22、私の考え


これは、私だけの考えである。


民意は「 原発ゼロ 」である。


TVなどの手段で、国民的議論をしても、「 福島の原発事故 」で、いまだに故郷の家に戻れない福島県民が存在するのに、「 原発推進 」をいう人は少ないだろう。


原発を再稼動させるなら、まず、「 福島の原発事故 」で、いまだに故郷の家に戻れない福島県民を故郷に戻すことに専念しなければならない


「 責任 」というのがある。


「 原発事故 」で放射能を出したのなら、それを回収してから、原発稼動をいうべきであろう。


まだ、原子力の安全を監視する国家の機構も無く、原発が安全だという確信もない。


首相が、「 基本的な方針は脱原発依存だ 」というなら、国会でもTVでも宣言をすべきだ。


当然、経済界からの反対もあり、選挙に負けるかも知れないが、「 原発ゼロ宣言 」をすべきだ。


国策を、国民を騙す原発推進から、再生自然エネルギー開発へ変えなくてはならない。


「 福島の再生がなければ日本の再生は無い 」


それが、原発事故後の民主党の党首の考えだと思う。


政治哲学が無いから、振り子のように政策が揺れるし、考えを理解することが困難である。


政治家さん、あなたは何のために、命を捧げますか?


国民のために命を捧げることを誓うのが、「 靖国参拝 」の意味だと思う。



戦争しないことを誓うのも、「 靖国参拝 」

戦死した人たちのように国民のために命を捧げることを誓うのも「 靖国参拝 」


「 靖国参拝 」をしない意味は何?

野田首相。
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2012/8/22、原子力発電は必要か?11・議論は平行線


私は仏教が好きだが、僧侶ではない。
哲学的な文章だが、哲学を学んでいない。
物理の話をするが、物理を学んでいない。
心理の話をするが、心理学を学んでいない。
霊魂の話をするが、霊能力者ではない。
私は、三流大学の法律科を卒業した。

ヤフーニュース

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120822-00000052-mai-pol

<野田首相>反原発の市民団体代表と面会 議論は平行線
毎日新聞 8月22日(水)17時18分配信
 野田佳彦首相は22日、反原発市民団体「首都圏反原発連合」の代表者11人と首相官邸で面会し、政府の原子力政策について「基本的な方針は脱原発依存だ。中長期的に原子力に依存する態勢を変えていくことを目標にしている」と述べた。首相は関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の再稼働への理解も求めたが、市民団体側は運転再開の中止を訴えるなど、議論は平行線に終わった。
 市民団体側は、(1)大飯原発の運転再開中止(2)現在検査のため停止している全原発を再稼働させない(3)国の原子力政策を全原発廃炉へ転換−−を求める要求書を提出。今後のエネルギー政策について「当面は火力発電などで補い、長期的には自然エネルギーで十分可能だと考えている。可及的速やかな原発の廃止を強く要求する」などと求めた。また、政府が国会に提示した原子力規制委員会の人事案の撤回も求めた。
 首相はエネルギー政策に関し「丁寧に国民のさまざまな声を受け止めながら、国民が安心できるエネルギー構成のあり方を、政府として責任を持って方向性を定めたい」と語った。


2012/8/22、私の考え


これは、私だけの考えである。


<野田首相>反原発の市民団体代表と面会 議論は平行線


これで、本当に「 脱原発依存 」など、出来る政治家なのだろうかと疑問に思う。


首相は、反原発市民団体と会談したという事実を残したいだけで、「 政治生命をかける 」政治家ではないだろう。


「 消費税 」に政治生命をかけると言ったために、「 消費税 」の成立と原発を天秤にかけて、原発推進の自民党や公明党と妥協した。


その結果、「 脱原発 」など出来ないのに、市民と「 脱原発 」と約束し、国際公約であり、国民が望んでいない消費税を早急に増税をする。


彼が、国民が安心できるエネルギー構成のあり方を、政府として責任を持って方向性を定めたいという言葉は信用することが出来ない。


彼を支持する団体が経団連であれば、脱原発は不可能であり、経団連に反対しなければ実現することは出来ないと思う。


私は、「 脱原発 」こそ、国民が望んでいることで、「 議員の定数を減らしたり、税金からの給料をカットすること 」の後に消費税を「 目的税 」として増税すべきだろう。

民主党は、そのことを、マニュフェストとして、政権を奪取したではないか。


選挙したら、消費税に政治生命をかけた首相の政党は負けるに決まっている。


彼は、「 脱原発 」に「 政治生命 」をかけるべきであり、それは「 経団連 」に反対することになり、選挙に負けるが、少なくとも「 国民には誠実である 」といえる。



現時点では、反原発市民団体の提案を受け入れて、「 脱原発に政治生命をかける 」と、国会で言い直して解散するほうが、誠実な首相という印象を残すと思う。


消費税の内容を国民に説明しないで、敵対する政党と組んで増税するのは、最低の首相であると思う。
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2012年08月21日

2012/8/21、原子力発電は必要か?10・これからの夢3

私は仏教が好きだが、僧侶ではない。
哲学的な文章だが、哲学を学んでいない。
物理の話をするが、物理を学んでいない。
心理の話をするが、心理学を学んでいない。
霊魂の話をするが、霊能力者ではない。
私は、三流大学の法律科を卒業した。




経団連で資源・エネルギー対策委員長を務める井手明彦・三菱マテリアル会長の話

http://www.sankeibiz.jp/business/news/120810/bsg1208100503001-n1.htm


 政府が示した2030年のエネルギー政策の選択肢について経済界から反発が高まっている。経団連で資源・エネルギー対策委員長を務める井手明彦・三菱マテリアル会長に聞いた。(早坂礼子)
 原発比率を2030年に「0%」「15%」「20〜25%」にするという政府が示した3つの選択肢はすべておかしい。成長率の想定が、政府の再生戦略と整合性がなく、再生可能エネルギーの導入目標も実現性が疑問。シナリオに織り込まれた対策を実施するには、企業や国民に多大な負担がかかる。
 エネルギー政策は原発比率だけで議論せず、島国の資源小国で技術立国という日本の国情を踏まえた視点が必要だ。
 日本の原発技術は世界でもトップクラスだ。福島の事故は不幸なことだが、原子力技術固有の問題ではなく、津波対策や管理運営上の不備に問題があるのではないか。営々と築いてきた原子力産業をゼロにするのはナンセンスだ。
 昨夏に関東地方で実施された節電は明らかに国力を下げた。企業がどれだけ節電のために負担をしたか。1年限りだから頑張れたが、恒常的に続くのであれば立地そのものを考えねばならない。海外移転は計画段階では発表できないので目立たないが、どこの企業も検討しており空洞化は深く進行している。
 エネルギーは経済活動の基本インフラだ。政府は日本の国力を維持するために毅然(きぜん)として原発維持を決めるべきだ。国の将来にかかわるエネルギー政策を国民的議論の名のもとに感情に流されて決めていいのか。国家100年の計を8月末にあわてて決めるものではない。



2012/8/21、私の考え


これは、私だけの考えである。


私は、上記の経団連で資源・エネルギー対策委員長を務める井手明彦・三菱マテリアル会長の意見には賛成することが出来ない。


彼は、「島国の資源小国で技術立国という日本の国情 」を認め、「 原発技術は世界でもトップクラス 」であり「 営々と築いてきた原子力産業をゼロにするのはナンセンスだ。」と言われる。


私は、「 福島の原発事故 」を、彼のように「 津波対策や管理運営上の不備に問題があるのではないか 」と考えるのでなく、被爆国の日本が、たとえ「 世界でもトップクラス 」の技術を保有していても、「 原発 」は廃止すべきことを教えていると思う。


なぜなら、もし原発事故が起こったとき、「 津波対策や管理運営上の不備に問題があるのではないか 」と考えている人は「 想定外 」という言葉で逃げると思うからだ。


「 営々と築いてきた原子力産業 」が、福島の原発事故で、どのように役立ったのだろうか。


「 水をかけろ 」で終わり、全ては海外の技術に救われたではないか。


税金を使い、「 営々と築いてきた原子力産業 」は廃止して、努力もせずに「 再生可能エネルギーの導入目標も実現性が疑問。」というのではなく、「 企業や国民に多大な負担がかかる 」ならば、私達「 経済界 」が総力で負担しますと、なぜ言えないのだろうか。


「 海外移転は計画段階では発表できないので目立たないが、どこの企業も検討しており空洞化は深く進行している 」その結果は、隣の発展途上国による反日、ストライキやデモではないか。


電気ぐらい、太陽光でも風力でも「 藻 」の燃料化やメタンハイドレードなど、再生自然エネルギーで「 無料 」とする努力をしたらどうか。


海外先での「 リスク 」を避けることもできるし、日本人の雇用を増やし、若者の「 ワーキングプワー 」や格差社会の解消になるではないか。


経済人は日本人より、「 金銭 」が大事なのか。


彼は、「 エネルギーは経済活動の基本インフラだ 」と自覚しているが、もしも、そうであれば、原爆に繋がる原発を廃止して、再生エネルギー開発に、「島国の資源小国で技術立国という日本の国情 」を考え、「 経済界を挙げて 」協力すべきだと思う。


日本には、「 レドックスフロー電池 」や電気自動車の持つリチウム蓄電池も存在し、太陽光のパネルを作っている会社があることを、経済人が知らないはずは無い。


過疎の町や村の人を「 騙し 」、絶対安全という神話を作り、働かない「 原子村 」を作った、前政党の政策に戻ることが、日本のため、子孫のため、環境のためにならないことを、深く反省すべきであり、反省が足りないと思う。
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2012年08月20日

2012/8/20、オカルト・気(ki)と情(zyou)5・気(ki)3

私は仏教が好きだが、僧侶ではない。
哲学的な文章だが、哲学を学んでいない。
物理の話をするが、物理を学んでいない。
心理の話をするが、心理学を学んでいない。
霊魂の話をするが、霊能力者ではない。
私は、三流大学の法律科を卒業した。

2012/1/14、私の記事


「 万物は流転する 」が無常であり、「 我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこに行くのか 」を無明と考え、前者が情(zyou)であり、肉体であり、後者は気(ki)であり、生命であると思う


2012/5/19、私の記事


これは、私だけの考えであり、同調は求めない。


私は、@時間を創る空間関係(因果の時間)と

A人間が考える時間(時間意識)を分ける。



2012/6/12、私の記事


これは、私だけの考えであり、同調を求めない。

私は、ここで「 無意識 」を修正することにする。

それは、「 小脳の無意識 」と「 大脳の無意識 」とに分け、前者が「 気(ki)」の無意識とし、後者を「 情(zyou)の無意識 」と仮定し、前者が後者を包摂すると考える。

そして、次のように連想する。

T、一方では、

@の時間

関係

連続

実有

気(ki)

気(ki)の無意識

現在

行為

無明

生命



U、他方では、

Aの時間(時間意識)

実体

不連続



情(zyou)

情(zyou)の無意識

過去や未来

思考

無常

肉体


2012/8/18、私の記事


これは、私だけの考えであり、同調を求めない。


日本語には気(ki)という文字の言葉が多い。


「 大気(taiki)」「 空気(kuuki)」「 天気(tenki)」「 電気(denki)」「 気持ち(kimoti)」などという言葉があるが、これは天体の物質という観点から見ると、連続した物質であり、人間が「 物質 」や「 存在 」を決める「 心的存在意識 」を境にして、バイオリズム(知覚)で切り取り、「 不連続 」にした結果が、上述の「 言葉 」であると思う。


もう一つ、「 景気(keiki)」という言葉がある。

これも気(ki)であると思う。


経済の観点から、太陽黒点と景気循環が関係するという説がある(下記参照)。


天体の物質という観点から見ると、連続した物質であり、人間が「 物質 」や「 存在 」を決める「 心的存在意識 」を境にして、バイオリズム(知覚)で切り取り、「 不連続 」にした結果が、「 景気循環 」と考え、太陽の活動が、人類の頭脳と直結していると考える。


「 景気 」という気(ki)は、社会的で情(zyou)を成立させるエネルギーとしての「 集合的無意識 」であると思う。


「 心的存在意識 」の「 貨幣 」などの経済学の基礎も、全て流転し、「 無常 」であることから社会的な情(zyou)に近い気(ki)であると思う。



私は、「 ビッグ・バン宇宙論 」でなく「 プラズマ宇宙論 」を支持し、「 生気論 」を支持するから、太陽の活動が、人類の頭脳と直結し、気(ki)という生物的な電気(denki)が、社会的無意識を形成し、「 景気循環 」を起こすことも肯定できる。



宇宙の産物には、矛盾を起こすことが無く、首尾一貫した「 関係 」や「 法則 」があると思うから、「 ビッグ・バン宇宙論 」は、「 景気循環 」が起こる理由を考えなくてはならないだろう。


それから、もう一つ。


これらは、「 波 」を持っていて、私の「 波動(オカルト)」と一致するから、私の立場からは、全てが波動であるということも肯定することができる。


2012/8/20、私の考え


これは、私だけの考えであり、同調を求めない


私は、下記の中国思想や道教や中医学(漢方医学)などの用語や概説に書かれている気(ki)ではなく、「 プラズマ宇宙論 」の「 気体プラズマ 」に興味がある。


概説の「 雲は大気の凝結として捉えられ、風は大気の流動であり、その同じ大気が呼吸されることで体内に充満し、循環して、身体を賦活する生命力として働く。つまり、ミクロコスモスである人間身体の呼吸とマクロコスモスである自然の気象との間に、大気を通じて、ダイナミックな流動性としての連続性と対応を見出し、そこに霊的で生命的な原理を見るというアイディアが、気という概念の原型なのである。」と、私は考えない。


私は気(ki)とは何かを考えているのであり、「 原理 」が説明されていないと思う。


もちろん、下記の中国思想や道教や中医学(漢方医学)の中に「 原理 」は無い。


「 ダイナミックな流動性としての連続性 」こそが分類Tの気(ki)であり、「 気は、物に宿り、それを動かすエネルギー的原理であると同時に、その物を構成し、素材となっている普遍的物質でもある 」のではなく、「 霊的で生命的な原理 」が気(ki)であり、エーテルと共に宇宙に充満するプラズマ(電気だと思う)であり、それが太陽系では、太陽から大気を通して人間の頭脳まで貫いているエネルギーであると思う。


気(ki)は頭脳から宇宙に通じるので、気(ki)は「 現在 」や「 今 」の中にしか無く、その気(ki)とは「 呼吸する間(hazama)」にあると思う。


「 過去や未来 」が混在する「 思想 」では気(ki)というエネルギーを説明したり、理論にしたりすることは出来ないと思う。


気(ki)は「 現在 」や「 今 」の中にしか無く、その気(ki)は「 呼吸する間(hazama)」にあり、「 行為 」は「 現在 」「 今 」しか出来ないのは、「 行為 」が気(ki)というエネルギーの現れであり、「 因縁や縁起 」により「 未来 」に通じると考える。


その「 行為 」が、無意識という宇宙のエネルギーの具現化であり、「 人格の具現化 」であるというのが私の考えである。


何を見るのかは「 心 」であるが、「 心 」は無意識であり、人間の頭脳まで貫いている気(ki)という、エーテルと共に宇宙に充満するプラズマ(電気だと思う)のエネルギーであると思う。


情報を探すのは、「 心 」が、宇宙のエネルギーが、「 自分の人格形成の契機(可能性)を求めて 」、情報の中に将来の自分の姿を見ていると思う。


何を見るかで、人格が判断され、死ぬとき(エネルギーを最後に放出するとき)は、その人格が最後の具現化をするという意味で、死に際に人格が現れると考えている。





参考


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%97

気(き,KI,Qi)とは、中国思想や道教や中医学(漢方医学)などの用語の一つ。一般的に気は不可視であり、流動的で運動し、作用をおこすとされている。しかし、気は凝固して可視的な物質となり、万物を構成する要素と定義する解釈もある。宇宙生成論や存在論でも論じられた。


概説
気はラテン語 spiritusやギリシア語 pneuma(プネウマ)、ヘブライ語 ruah(ルーアハ)、あるいはサンスクリット prana(プラーナ)と同じく、生命力や聖なるものとして捉えられた気息、つまり息の概念がかかわっている。しかしそうした霊的・生命的気息の概念が、雲気・水蒸気と区別されずに捉えられた大気の概念とひとつのものであるとみなされることによってはじめて、思想上の概念としての「気」が成立する。
雲は大気の凝結として捉えられ、風は大気の流動であり、その同じ大気が呼吸されることで体内に充満し、循環して、身体を賦活する生命力として働く。つまり、ミクロコスモスである人間身体の呼吸とマクロコスモスである自然の気象との間に、大気を通じて、ダイナミックな流動性としての連続性と対応を見出し、そこに霊的で生命的な原理を見るというアイディアが、気という概念の原型なのである。
一方では人間は息をすることで生きているという素朴な経験事実から、人間を内側から満たし、それに生き物としての勢力や元気を与えている、あるいはそもそも活かしているものが気息であるという概念が生まれる。そしてまたそこには、精神性、霊的な次元も、生命的な次元と区別されずに含まれている。ただし、精神的な次元は、後代には理の概念によって総括され、生命的な力としてのニュアンスのほうが強まっていく。
他方では、息は大気と連続的なものであるから、気象、すなわち天気などの自然の流動とも関係付けられ、その原理であるとも考えられていく。自然のマクロな事象の動的原理としての大気という経験的事実から、大気にかかわる気象関連の現象だけでなく、あらゆる自然現象も、ひとつの気の流動・離合集散によって説明される。この次元では気はアルケーとしてのエーテルである。
この霊的な生命力として把握された気息であり、かつ万象の変化流動の原理でもあるという原点から、ついには、生命力を与えるエネルギー的なものであるのみならず、物の素材的な基礎、普遍的な媒質とまで宋学では考えられるようになった。
こうした由来ゆえに、気は、一方では霊的・生命的・動的な原理としての形而上的側面をもちながら、他方では、具体的で普遍的な素材(ヒュレー)的基体でありかつ普遍的なエーテル的媒質であるがゆえに、物質的な形而下的側面も持つという二重性を持つことになった。気は、物に宿り、それを動かすエネルギー的原理であると同時に、その物を構成し、素材となっている普遍的物質でもある。従って、たとえば気一元論は、かならずしも唯物論とはいえない


プラズマ宇宙論

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%BA%E3%83%9E%E5%AE%87%E5%AE%99%E8%AB%96

プラズマ宇宙論(プラズマうちゅうろん、Plasma Universe、Plasma Cosmology)とは、宇宙論の一種で、宇宙的スケールの現象は重力だけではなく、宇宙の全バリオン物質の99.9%を占める電気伝導性の気体プラズマの運動に起因する、巨大な電流と強力な磁場の影響を大きく受けているとする。そして電磁気力と重力の相互作用によって、壮大な現象を説明できると主張する。主としてプラズマ物理学の基本である電磁流体力学 (MagnetoHydroDynamics: MHD)の上に立脚した理論である。
ビッグバン理論に比べ、銀河の回転曲線問題などについては暗黒物質などという仮定の物質を持ち出すことなく簡潔に説明できる(#銀河形成と回転曲線問題)といった長所もあるが、宇宙マイクロ波背景放射などに関しては観測事実をうまく説明できていない(#マイクロ波背景放射)ため、現時点では標準的な理論とみなされてはいない。


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2012年08月18日

2012/8/18、オカルト・気(ki)と情(zyou)4・気(ki)2

私は仏教が好きだが、僧侶ではない。
哲学的な文章だが、哲学を学んでいない。
物理の話をするが、物理を学んでいない。
心理の話をするが、心理学を学んでいない。
霊魂の話をするが、霊能力者ではない。
私は、三流大学の法律科を卒業した。


2012/08/17、私の記事

これは、私だけの考えであり、同調を求めない。


今日は、気(ki)について書くことにする。


「 小脳の無意識 」と「 大脳の無意識 」とに分け、前者が「 気(ki)」の無意識とし、後者を「 情(zyou)の無意識 」と仮定し、前者が後者を包摂し、この無意識を「 欲 」であると考える。


下記の参考のように、小脳や大脳の「 睡眠 」や「 食欲 」という本能は「 セロトニン」が調整している。

それは「 必須アミノ酸 」から作られ、そのアミノ酸を分解する「 解析手法 」が「 電気泳動 (でんきえいどう)」であるならば、アミノ酸を結合しているのは「 電気 」ではないかと、私は思う。

「 睡眠 」や「 食欲 」などをコントロールする細胞が気(ki)により結合し、気(ki)は「 電気 」であり、生体的な電気と考え、「 生気論 」を支持している。


もう一つ。


日本語には気(ki)という文字の言葉が多い。


「 大気(taiki)」「 空気(kuuki)」「 天気(tenki)」「 電気(denki)」「 気持ち(kimoti)」などという言葉があるが、これは天体の物質という観点から見ると、連続した物質であり、人間が「 物質 」や「 存在 」を決める「 心的存在意識 」を境にして、バイオリズム(知覚)で切り取り、「 不連続 」にした結果が、上述の「 言葉 」であると思う。


つまり、物質は連続しているが、バイオリズム(知覚)により不連続にされ、その結果「 始めと終わりがある 」情(zyou)になり、波動(オカルト)になると思う。


バイオリズム(知覚)により「 物質 」という「 形 」を持ち、それが常でないから「 無常 」という感情になると思う。


一方、知覚で切り取られない物質(例えば、紫外線やエーテル)も、人体に(エネルギーとして)取り入れられているだろう。


これは、知覚することは出来ないので「 無明 」であると考え、「 無常 」を含むと考える。


エネルギーである気(ki)が、「 無意識 」という言葉であるだろうと現時点では考えている。



2012/8/18、私の考え


これは、私だけの考えであり、同調を求めない。


日本語には気(ki)という文字の言葉が多い。


「 大気(taiki)」「 空気(kuuki)」「 天気(tenki)」「 電気(denki)」「 気持ち(kimoti)」などという言葉があるが、これは天体の物質という観点から見ると、連続した物質であり、人間が「 物質 」や「 存在 」を決める「 心的存在意識 」を境にして、バイオリズム(知覚)で切り取り、「 不連続 」にした結果が、上述の「 言葉 」であると思う。


もう一つ、「 景気(keiki)」という言葉がある。

これも気(ki)であると思う。


経済の観点から、太陽黒点と景気循環が関係するという説がある(下記参照)。


天体の物質という観点から見ると、連続した物質であり、人間が「 物質 」や「 存在 」を決める「 心的存在意識 」を境にして、バイオリズム(知覚)で切り取り、「 不連続 」にした結果が、「 景気循環 」と考え、太陽の活動が、人類の頭脳と直結していると考える。


「 景気 」という気(ki)は、社会的で情(zyou)を成立させるエネルギーとしての「 集合的無意識 」であると思う。


「 心的存在意識 」の「 貨幣 」などの経済学の基礎も、全て流転し、「 無常 」であることから社会的な情(zyou)に近い気(ki)であると思う。



私は、「 ビッグ・バン宇宙論 」でなく「 プラズマ宇宙論 」を支持し、「 生気論 」を支持するから、太陽の活動が、人類の頭脳と直結し、気(ki)という生物的な電気(denki)が、社会的無意識を形成し、「 景気循環 」を起こすことも肯定できる。



宇宙の産物には、矛盾を起こすことが無く、首尾一貫した「 関係 」や「 法則 」があると思うから、「 ビッグ・バン宇宙論 」は、「 景気循環 」が起こる理由を考えなくてはならないだろう。


それから、もう一つ。


これらは、「 波 」を持っていて、私の「 波動(オカルト)」と一致するから、私の立場からは、全てが波動であるということも肯定することができる。


参考


太陽黒点
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AA%E9%99%BD%E9%BB%92%E7%82%B9

景気循環と太陽黒点周期

景気循環論のひとつに、景気循環と太陽黒点周期の関連を主張する太陽黒点説がある。著名な太陽黒点説論者としては、ウィリアム・スタンレー・ジェヴォンズや、嶋中雄二(三菱UFJモルガン・スタンレー証券景気循環研究所長)がいる。ジェヴォンズによれば、太陽黒点面積の増減は10〜11年周期があり、穀物価格の騰貴、下落にもほぼ同様の周期があり、恐慌の発生にもまた同様の周期があるという。この説は必ずしもジェヴォンズの創始にかかわるものではなく、既にウィリアム・ハーシェルがこのことを考え、リチャード・キャリントンがこれを祖述したが、十分な論証を与えることができず、ジェヴォンズによって実証的説明が与えられ[2]、のちにその子ハーバート・スタンリー・ジェヴォンズによって修正が施された。



波動(オカルト)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%A2%E5%8B%95_(%E3%82%AA%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%88)
波動(はどう、英: Vibration)は、サイエンス・フィクション (SF)、伝統・代替医療、オカルト、疑似科学のラジオニクスなどで使われる生命力エネルギーの概念のことである。多くは、世界は単なる物質と、それと等価の既知なるエネルギーの態様のみではなく、何らかの未知なるエネルギーの態様が存在していると捉えている。

オカルトや代替医療においては、英語の Vibration の訳語であり、「波動」の他には「振動」「エネルギー」などと訳される。肯定的に評価しても仮説であり、疑似科学であると批判されることが多い。物理学での「波動 (wave)」とは異なるもので、その名称から、物理学的な裏付けがあるように考えられがちであり、典型的なバズワードである。
「波動」という言葉は、代替医療を標榜する悪徳商法でも使われる[1]ことも少なからずある。



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2012年08月17日

2012/8/17、オカルト・気(ki)と情(zyou)3・気(ki)

私は仏教が好きだが、僧侶ではない。
哲学的な文章だが、哲学を学んでいない。
物理の話をするが、物理を学んでいない。
心理の話をするが、心理学を学んでいない。
霊魂の話をするが、霊能力者ではない。
私は、三流大学の法律科を卒業した。

2012/1/14、私の記事


「 万物は流転する 」が無常であり、「 我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこに行くのか 」を無明と考え、前者が情(zyou)であり、肉体であり、後者は気(ki)であり、生命であると思う


2012/5/19、私の記事


これは、私だけの考えであり、同調は求めない。


私は、@時間を創る空間関係(因果の時間)と

A人間が考える時間(時間意識)を分ける。



2012/6/12、私の記事


これは、私だけの考えであり、同調を求めない。

私は、ここで「 無意識 」を修正することにする。

それは、「 小脳の無意識 」と「 大脳の無意識 」とに分け、前者が「 気(ki)」の無意識とし、後者を「 情(zyou)の無意識 」と仮定し、前者が後者を包摂すると考える。

そして、次のように連想する。

T、一方では、

@の時間

関係

連続

実有

気(ki)

気(ki)の無意識

現在

行為

無明

生命



U、他方では、

Aの時間(時間意識)

実体

不連続



情(zyou)

情(zyou)の無意識

過去や未来

思考

無常

肉体


2012/08/17、私の考え

これは、私だけの考えであり、同調を求めない。


今日は、気(ki)について書くことにする。


「 小脳の無意識 」と「 大脳の無意識 」とに分け、前者が「 気(ki)」の無意識とし、後者を「 情(zyou)の無意識 」と仮定し、前者が後者を包摂し、この無意識を「 欲 」であると考える。


下記の参考のように、小脳や大脳の「 睡眠 」や「 食欲 」という本能は「 セロトニン」が調整している。

それは「 必須アミノ酸 」から作られ、そのアミノ酸を分解する「 解析手法 」が「 電気泳動 (でんきえいどう)」であるならば、アミノ酸を結合しているのは「 電気 」ではないかと、私は思う。

「 睡眠 」や「 食欲 」などをコントロールする細胞が気(ki)により結合し、気(ki)は「 電気 」であり、生体的な電気と考え、「 生気論 」を支持している。


もう一つ。


日本語には気(ki)という文字の言葉が多い。


「 大気(taiki)」「 空気(kuuki)」「 天気(tenki)」「 電気(denki)」「 気持ち(kimoti)」などという言葉があるが、これは天体の物質という観点から見ると、連続した物質であり、人間が「 物質 」や「 存在 」を決める「 心的存在意識 」を境にして、バイオリズム(知覚)で切り取り、「 不連続 」にした結果が、上述の「 言葉 」であると思う。


つまり、物質は連続しているが、バイオリズム(知覚)により不連続にされ、その結果「 始めと終わりがある 」情(zyou)になり、波動(オカルト)になると思う。


バイオリズム(知覚)により「 物質 」という「 形 」を持ち、それが常でないから「 無常 」という感情になると思う。


一方、知覚で切り取られない物質(例えば、紫外線やエーテル)も、人体に(エネルギーとして)取り入れられているだろう。


これは、知覚することは出来ないので「 無明 」であると考え、「 無常 」を含むと考える。


エネルギーである気(ki)が、「 無意識 」という言葉であるだろうと現時点では考えている。



参考

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%83%AD%E3%83%88%E3%83%8B%E3%83%B3

セロトニン (serotonin)、別名5-ヒドロキシトリプタミン (5-hydroxytryptamine)、略称5-HT は、動植物に広く分布する生理活性アミン、インドールアミンの一種。ヒトでは主に生体リズム・神経内分泌・睡眠・体温調節などに関与する。


必須アミノ酸のトリプトファンから産生される[1]。生体内では小腸にある腸クロム親和性細胞、および腸クロム親和性細胞様細胞が主に産生し、約90%を保有する。神経細胞でも少量産生され、脳内モノアミン神経系(セロトニン神経)で生理機能などに深く関係している。


アミノ酸
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%8E%E9%85%B8

それぞれのアミノ酸は、構造によって異なる酸・塩基性を持つ。構造内に2つのカルボキシル基を持つアミノ酸(アスパラギン酸およびグルタミン酸)は酸性を、2つ以上のアミノ基を持つアミノ酸(リシン・アルギニン・ヒスチジン)は塩基性を、その他のアミノ酸はほぼ中性を示す。また、それぞれのアミノ酸は等電点が実験的に決定されており、電気泳動などの分離時に意味を持つ。


電気泳動
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%BB%E6%B0%97%E6%B3%B3%E5%8B%95

電気泳動 (でんきえいどう) は、荷電粒子あるいは分子が電場(電界)中を移動する現象。あるいは、その現象を利用した解析手法。特に分子生物学や生化学ではDNAやタンパク質を分離する手法としてなくてはならないものである。


波動(オカルト)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%A2%E5%8B%95_(%E3%82%AA%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%88)
波動(はどう、英: Vibration)は、サイエンス・フィクション (SF)、伝統・代替医療、オカルト、疑似科学のラジオニクスなどで使われる生命力エネルギーの概念のことである。多くは、世界は単なる物質と、それと等価の既知なるエネルギーの態様のみではなく、何らかの未知なるエネルギーの態様が存在していると捉えている。

オカルトや代替医療においては、英語の Vibration の訳語であり、「波動」の他には「振動」「エネルギー」などと訳される。肯定的に評価しても仮説であり、疑似科学であると批判されることが多い。物理学での「波動 (wave)」とは異なるもので、その名称から、物理学的な裏付けがあるように考えられがちであり、典型的なバズワードである。
「波動」という言葉は、代替医療を標榜する悪徳商法でも使われる[1]ことも少なからずある。

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2012年08月11日

2012/8/11、オカルト・気(ki)と情(zyou)2・無意識

私は仏教が好きだが、僧侶ではない。
哲学的な文章だが、哲学を学んでいない。
物理の話をするが、物理を学んでいない。
心理の話をするが、心理学を学んでいない。
霊魂の話をするが、霊能力者ではない。
私は、三流大学の法律科を卒業した。

2012/1/14、私の記事


「 万物は流転する 」が無常であり、「 我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこに行くのか 」を無明と考え、前者が情(zyou)であり、肉体であり、後者は気(ki)であり、生命であると思う


2012/5/19、私の記事


これは、私だけの考えであり、同調は求めない。


私は、@時間を創る空間関係(因果の時間)と

A人間が考える時間(時間意識)を分ける。



2012/6/12、私の記事


これは、私だけの考えであり、同調を求めない。

私は、ここで「 無意識 」を修正することにする。

それは、「 小脳の無意識 」と「 大脳の無意識 」とに分け、前者が「 気(ki)」の無意識とし、後者を「 情(zyou)の無意識 」と仮定し、前者が後者を包摂すると考える。

そして、次のように連想する。

T、一方では、

@の時間

関係

連続

実有

気(ki)

気(ki)の無意識

現在

行為

無明

生命



U、他方では、

Aの時間(時間意識)

実体

不連続



情(zyou)

情(zyou)の無意識

過去や未来

思考

無常

肉体


2012/8/11、私の考え


これは、私だけの考えであり、同調を求めない。


「 無意識はバイオリズム 」であるということは、波動(オカルト)(下記参照)であると思うが、物質的には「 エネルギー 」であり、精神的、心理的には「 欲 」であると思う。


上記の分類で、「 無意識 」をTの気(ki)の無意識と、Uの情(zyou)の無意識に分けているが、前者は「 小脳の欲 」であり、後者は「 大脳の欲 」であり、後者は記憶が要素となっていると思う。


前者のエネルギーや欲は「 腸 」から生じ(下記のセロトニンを参照)、後者の欲をコントロールすると思う。


その意味で、「 心 」は「 腸 」にあるのかも知れない。


前者の「 欲 」は睡眠や食欲などの「 本能 」に関わる(下記のセロトニンを参照)。


後者の「 欲 」や無意識は、社会の「 集合的無意識 」であり「 常識 」と言われるものであると思うし、このエネルギーについては「 思考のエネルギー 」として、以前、私は書いている。


「 無意識 」はエネルギーであることは波動(オカルト)(下記参照)であり、波動や振動は、始めと終わりがある点で「 不連続 」な情(zyou)であるが、この始めと終わりは人間が判断しているのであり、宇宙的に考えればTの「 連続 」しているエネルギーである。


私は、紫外線や可視光線や赤外線の集合が「 光 」という電磁波であり、人間は感応する知覚器官で「 連続 」を、自分中心の「 不連続 」にして認識していると思う。


前者がTであり、気(ki)であり、境界線が無い「 生命 」であるのに対し、後者はUであることから、境界線を持つ情(zyou)であり、社会の「 文化 」であると思う。


無意識はエネルギーであり、可視光線だけでなく、紫外線や赤外線をエネルギーとして取り入れているかも知れないが、私は知らない。


参照



波動(オカルト)Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%A2%E5%8B%95_(%E3%82%AA%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%88)

波動(はどう、英: Vibration)は、サイエンス・フィクション (SF)、伝統・代替医療、オカルト、疑似科学のラジオニクスなどで使われる生命力エネルギーの概念のことである。多くは、世界は単なる物質と、それと等価の既知なるエネルギーの態様のみではなく、何らかの未知なるエネルギーの態様が存在していると捉えている。

オカルトや代替医療においては、英語の Vibration の訳語であり、「波動」の他には「振動」「エネルギー」などと訳される。肯定的に評価しても仮説であり、疑似科学であると批判されることが多い。物理学での「波動 (wave)」とは異なるもので、その名称から、物理学的な裏付けがあるように考えられがちであり、典型的なバズワードである。
「波動」という言葉は、代替医療を標榜する悪徳商法でも使われる[1]ことも少なからずある。



セロトニン wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%83%AD%E3%83%88%E3%83%8B%E3%83%B3

セロトニン (serotonin)、別名5-ヒドロキシトリプタミン (5-hydroxytryptamine)、略称5-HT は、動植物に広く分布する生理活性アミン、インドールアミンの一種。ヒトでは主に生体リズム・神経内分泌・睡眠・体温調節などに関与する。


必須アミノ酸のトリプトファンから産生される[1]。生体内では小腸にある腸クロム親和性細胞、および腸クロム親和性細胞様細胞が主に産生し、約90%を保有する

生体リズム・神経内分泌・睡眠・体温調節などの生理機能と、気分障害・統合失調症・薬物依存などの病態に関与している。ドーパミンやノルアドレナリンなどの感情的な情報をコントロールし、精神を安定させる働きがある。
ホルモンとしても働き、消化器系や気分、睡眠覚醒周期、心血管系、痛みの認知、食欲などを制御している。



脳内のパターン形成機構によるリズム性運動(歩行運動、咀嚼運動、呼吸運動、グルーミングなど)で興奮し、覚醒状態における種々な活動に適度な緊張(抗重力筋の緊張や交感神経の緊張など)を与える役割がある。覚醒時の5-HT神経系の活動が抑制された状態はうつ病や慢性疲労症候群などの症状を惹起するとされる。



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2012年08月05日

2012/8/5、オカルト・気(ki)と情(zyou)1・意識

私は仏教が好きだが、僧侶ではない。
哲学的な文章だが、哲学を学んでいない。
物理の話をするが、物理を学んでいない。
心理の話をするが、心理学を学んでいない。
霊魂の話をするが、霊能力者ではない。
私は、三流大学の法律科を卒業した。

2012/1/14、私の記事


「 万物は流転する 」が無常であり、「 我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこに行くのか 」を無明と考え、前者が情(zyou)であり、肉体であり、後者は気(ki)であり、生命であると思う


2012/5/19、私の記事


これは、私だけの考えであり、同調は求めない。


私は、@時間を創る空間関係(因果の時間)と

A人間が考える時間(時間意識)を分ける。



2012/6/12、私の記事


これは、私だけの考えであり、同調を求めない。

私は、ここで「 無意識 」を修正することにする。

それは、「 小脳の無意識 」と「 大脳の無意識 」とに分け、前者が「 気(ki)」の無意識とし、後者を「 情(zyou)の無意識 」と仮定し、前者が後者を包摂すると考える。

そして、次のように連想する。

T、一方では、

@の時間

関係

連続

実有

気(ki)

気(ki)の無意識

現在

行為

無明

生命



U、他方では、

Aの時間(時間意識)

実体

不連続



情(zyou)

情(zyou)の無意識

過去や未来

思考

無常

肉体


2012/8/5、私の考え


これは、私だけの考えであり、同調を求めない


私の出発点である「 意識は電磁波である 」ということを考えよう。


私は、プラズマ宇宙論と「 生気論 」を支持し、Tの気(ki)は電気であると思うから、「 意識は電磁波である 」と考えた。


太陽光は意識を発生させると思うが、なぜ、そう思うのか?


頭脳を持つ動物は、世界各国で誕生するのであり、その全てに「 意識 」があり、精神がある。


それを可能にするのは「 神 」かも知れないが、私は世界を包む「 太陽光 」であると考える。


動物が持つ臓器のバイオリズムもDNAの違いで全てが相違する。


「 太陽光 」は紫外線から可視光線や赤外線まで「 連続 」し、このDNAがプリズムのような働きをして、「 太陽光 」から「 可視光線 」を分離し、「 赤 」や「 青 」や「 黄色 」の三原色という記憶を媒介としたUの「 意識 」という情(zyou)を作り、紫外線や赤外線はTの気(ki)が吸収すると思う。


動物が持つ臓器のバイオリズムもDNAの違いで全てが相違するから、Uの情(zyou)やTの気(ki)は全て相違する。


「 太陽光 」も「 バイオリズム 」も連続しTの領域であるが、前者は電磁波で、後者は物質波で、無意識の中で、「 太陽光 」の「 可視光線 」は知覚され、紫外線や赤外線は人体のバイオリズムを変えることもあるだろう。

紫外線が「 皮膚がん 」を起こすのも、人体のバイオリズムを変える証拠だろう。


物質波であるバイオリズムがTの気(ki)であり、「 太陽光 」の「 可視光線 」以外を吸収するだろう。

Uの情(zyou)もバイオリズムであり、物質波であるが知覚器官により、Tの気(ki)の領域の「 可視光線 」の三原色という「 関係(法則) 」をDNAというバイオリズムをプリズムのよう使って実体化することが出来るのは、「 知覚意識は電磁波に同調する性質を持つから可能だ 」と考える。


それは、電磁波と物質波の関係だろうが、私はプラズマ宇宙論と「 生気論 」を支持し、Tの気(ki)は電気であると思うから「 知覚 」は電気で行われているかも知れないと思っている。

2015/2/1、私の現在の考え 6 意識の生成
足跡 T 参照



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