2012年10月08日

2012/10/8、ノーベル賞・おめでとう山中伸弥教授

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Google 社で再生医療を検索すると、「万能細胞・再生医療に革命的成果」というのが有る。

詳しいことは、検索して欲しい。

私が理解したこと。

京都大学の山中教授が、ips細胞を再生医療に使うことができると発表した。
それは、自分の細胞に、遺伝子を加えて人工細胞を作る。
今までの、クローンES細胞が、倫理的に問題であるのに対して、ips細胞は、自分の細胞を加工して自分に使うから、倫理面をclear すると同時に、生体間移植に伴う拒絶反応が無いことで、再生医療に有用という。
問題は、加えられる遺伝子に、ガンを発生させる可能性があることだ。
これは、外国では他の遺伝子が使われて成功しているから、将来は解決する問題であろう。

私の感想。

山中教授は、ノーベル賞に相当する人類への貢献があると思う。
昔から、京都大学は、ノーベル受賞者を生む大学だった。
ある目的が決まり、その方向に、「馬車馬」のように、一等賞を目指す大学ではないからだ。
日本には、京都大学より難関の有名大学が東京に有る。
私は、三流大学卒業である。
私は試験に不合格だったから言うのではないが、東京の大学は優秀な生徒が集まっても、ノーベル賞の受賞者が少ないのは、学生が高校の頃から、一つの目的に向かって競争することに教育されているのだと思う。
京都大学は、違う。
世の中が「クローン羊」か「牛」か知らないが、ES細胞を懸命に研究していた時に、違う方向の研究をしていたのだ。
研究に哲学がある。
これは、東京の大学には出来ないことだろう。
ES細胞ではなくて、ips細胞が再生医療に使えるとなれば、世界中の科学者が注目する。

世界から注目されることは、私も目標としていたことだ。
それを、先に達成されてしまって、残念に思う。

彼らは、ノーベル賞を目指すだろう。
私は、一生の記念に、世界から注目されるようなブログを目指しているから、目標は違うが……。



2012/10/8、ノーベル賞・おめでとう山中伸弥教授



まさか、こんなに早く、ノーベル賞を受けられるとは思いませんでした。

おめでとうございます。

今日は、これで失礼します。
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2012年08月23日

ホームページのリニューアル

ホームページをリニューアルしましたのでお知らせします。

私のホームページ

「 認知症の窓口と介護サービス情報公表 」

http://www.k5.dion.ne.jp/~denden55/index.html
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2008年06月25日

6月25日・アインシュタインの相対性理論

私は、新たなフィクションのために、この歳になって、読書している。


タイトル→ アインシュタインの相対性理論
著者→ Ernst Cassirer
訳者→ 山本義隆
発行所→ 河出書房新社

初版発行→1981年10月26日
再販発行→1985年4月20日

定価→ 2000円

ISBN4-309-70714-9

Amazon.jp では、改訂版が、中古品で8000円
    ↓
http://www.amazon.co.jp/gp/offer-listing/4309706193/ref=dp_olp_2



Ernst Cassirer (E.カッシーラ)

1874年ブレスラウ生まれ。
マールブルク学派コーヘンに師事。
「ライプニッツ著作集」「カント著作集」を編纂。
大著「認識の問題」(1907) における近代科学と哲学の歴史的・実証的研究をふまえ、「実体概念と関数概念」(1910) において独自の哲学を体系づける。
ワイマール共和国成立と共にハンブルク大学教授に着任。
同時期、ワールブルク文化史文庫と出会い、認識批判を文化の批判に押し広げ、神話・宗教・言語・科学を含む人間の世界了解の一般形式を考案した「象徴形式の哲学」(1923-29) を著す。
ヒトラー政権の成立と共にアメリカへ渡り、アメリカ哲学界にも大きな影響を残す。
1945年、ニューヨークで急逝。

これを読んだら、少しは賢くなるだろうか?
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2008年06月16日

6月16日・ベオウルフ・呪われた勇者

先日、「ベオウルフ」のDVD を観賞した感想を書くことにする。

後日、「ベオウルフ」をパソコンで調べると、英国の英雄叙事詩だと知った。
一部の人は、子供も理解する単純なストーリと言うが、私の立場からは、ストーリは非常に重要である。

詳しい事は、DVD を見るのが一番良いが、Wikipedia に少しの記述がある。

デンマークの王が酒盛りをしている時、巨人のグレンデルが現われ、部下を殺すが、王は殺さない。
王は、グレンデルの父親だったからだ。
王は、魔性の女と性交した後は、生殖力を失っていた。
その惨状を遠くで聞いたベオウルフは、舟に乗り、デンマーク王に会い、巨人のグレンデルを殺す。
グレンデルの母は、海に住む魔性の女で、子供を殺された怒りで、王の部下を殺し、王は、ベオウルフに母親を殺すように依頼する。
ベオウルフは、魔性の女と会うが、彼女は、彼の子を欲し、その代わりに英雄として永遠の名声と王になる事を約束する。
その約束の証が、デンマーク王が持っていた家宝だった。
デンマーク王は、帰還したベオウルフが、自分と同じ事をしたと知り、彼を王にして王妃も彼に譲り、自殺する。
ベオルフが晩年の頃、彼と魔性の女から生まれた子供は、空を飛ぶドラゴンとして彼の前に現われる。
彼は、そのドラゴンを倒す英雄を待つだけなのに、我が子のドラゴンを殺そうとする。
彼は、英雄であるゆえに、ドラゴンは最強だった。
彼は、自分の全てを捨てて民衆の側でドラゴンと格闘した。
家来に、「男の罪」を告白するのを止められたが、彼は、その時点で罪から逃れていたと思う。
ドラゴンもベオウルフも死んだ。
その後、家来が、家宝を持って海に住む魔性の女に近づく所でDVD は終わる。


現代へ適用する。

デンマーク王は、大企業の社長か、首相など、トップを走る人と設定する。
魔性の女は、「マフィア」とする。
魔性の女との間に出来た子供が、隠蔽した汚職と設定する。

社長や首相は、「マフィア」と性交し、(情を通じて)子供を作る。
「マフィア」は、首相の永遠の存続を約束する。
そして、子供、つまり汚職が露見した時、次の英雄が現われるのを待つ。
首相は、生殖力を奪われているから、自分で英雄を作る事は出来ない。
その英雄が、ベオウルフである。

このように考えると、人間は、2000年も時間が経過した後、頭や行動が発展したかについて疑問に思う。

ベオウルフは、自分の子供を殺した。
つまり、自分が作り出したものを、間違いとして破壊した。
ここに、救いがある。

自分に適用する。

デンマーク王は、自分で、神は魔性の女と設定する。
人間は神と性交する事により、神の思想を得る
それが、子供だろう。
神の思想は、自分の力で、繁殖させる事は出来ない。
自分は神の思想を作る事は出来ない。
神からの約束だけが、自分の思想を永遠にする。
その思想の永遠を破るのが英雄のベオウルフである。



Poor thinking is as good as no thinking.


これは、独り言であるから、批判も同調も欲しない。
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2008年04月27日

4月27日・軍歌「同期の桜」

今日は、岐阜県のMr.Yosida の家で、念仏修行した。
帰る途中で、軍歌の「同期の桜」について考えた。

Wikipedia によれば、作詞者が西條八十。
帝国軍を代表する軍歌で、戦争映画等でよく歌われる。
陸海軍を問わず流行した。

(特に、戦争末期の特攻隊員に)

今でも、酒場で歌っている人を見る。

私は、この歌から、戦争の色を取ったり、特殊な枠を取り去って、考えてみた。

歌詞は、著作権の問題があるかも知れないので、各自が、インターネットで調べてください。



「同期の桜」は、「同年代に同じ学校や会社に勤務した同僚」という言葉に変換する。

「同じ兵学校」は、「同じ地球」と変換する。

「庭に咲く」は、「一緒に生きる」と変換する。

「咲いた花」は、「この世に生きている人間」と変換する。

「散る」は、「死ぬ」と変換する。

「国のため」は、「地球の人類のため」と変換する。


その結果を、一連の文章にする。


あなたと私は、同じ年代で同じ学校や会社に勤務した。
同じ地球の上に、一緒に生きている。
この世に生きている人間なら、死ぬ事も覚悟している。
見事に死ぬ。地球と人類のため。



このように考えると、対話している自分と相手を限りある命を持つ人間と認め、それぞが短い命を、人のために捨てようという意味になる。
人の生死については、見事な歌だと思う。


私は、この言葉を、如来様(Nyoraisama)が、あるいは「神」が、人間に対して言うならば、理解する。

しかし、「人間」が「神のような言葉で」しかも、兵隊が安心して戦死するために歌詞を作るのは、私は、反対である。

以前、書いたが、「諸君は既に神である」とは「神」が使う言葉だ。
「神」と「軍の上官」と同視するのは許せない。
「既に神である者」を、人間の命令で戦死させる行為は殺人行為である。

この「同期の桜」を歌って、戦闘機に乗り込み、「諸君は既に神である」と「上官」から言われて出撃し、戦死した特攻隊員が、哀れである。
posted by kandk55 at 20:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 独白 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月28日

3月28日・高橋尚子よ、なぜ走るV

3月27日に、TV番組で「高橋尚子・私が走る訳」を視聴したが、内容は3月25日と同じだと思われる。
以下、私の独断と偏見で書く。

なぜ走るか。

北京五輪のマラソンに出場する事が出来ないが、選考レースの終了後も、多くの応援を頂いた。
その応援が、マラソンしか考えていなかった自分の枠を外させて、「生きる意味」を考えさせられた。
この応援に応えるために、そして自分の能力を試すために、一年間で東京と大阪と名古屋で開催されるマラソン大会に出場したい。
その結果、日本代表に選ばれるなら、選手になりたい。

結婚について。

結婚したい。
しかし、現在は目の前の目的を達成して行く。

私の感想。

事前に報道されていた内容と同じだと思う。

走り続けるのは「国民栄誉賞」の後遺症が、少しは有るかも知れない。
日本国中に、「走る高橋尚子」の印象を残して引退するのだろうか?
彼女は、レース前に一週間に一回のペースで40キロメートルを走るから、一年に三つの大会で走る事も不可能ではないだろう。
様々な分野で働く人からの応援を頂き、その人たちを走る事で応援したいという気持ちは、私に感じられた。

走り続ける事を要求するのは、残酷かも知れない。

引退する事を了解するが、彼女がバンコクアジア大会で、衝撃のデビューをしたように、ある程度、時間が経過した後に、再び能力が開花する時期があるかも知れないので、マラソンを止めてしまうのが残念だ。

一年間で三つのマラソン大会に出場する事は挑戦だけど、主婦がマラソンをする事も、挑戦であると思う。
私は、後者の挑戦をして欲しいと思っている。
人生は長い。
自分で自分の能力を決めてはいけない。

私の言葉
 ↓
人は、可能性の塊である。


私が、50歳になってから、パソコンを操作したように、生きている間は、自分の身体に何が起こるか人間は、予め知る事が出来ない。
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2008年03月26日

3月26日・高橋尚子よ、なぜ走る

3月26日の夜、「高橋尚子・私が走る訳」というタイトルのTV番組がある。
私は、視聴するのを楽しみにしているが、その前に、私の考えを書いておく。

1998年、バンコクアジア大会女子マラソンで、アジア最高記録で優勝するという衝撃的なデビューを飾った高橋尚子。
その後、2000年3月12日、シドニー五輪女子マラソンで金メダルを確保した。
その栄誉を称えて、「国民栄誉賞」を受賞した。

もっと詳しい事は、Wikipedia に書いてある。

私の考え。

無名のマラソンランナーが、一躍、脚光を浴びる舞台に登場するのだから、本人の驚きも大きいだろう。
彼女が「国民栄誉賞」を受けた後遺症が無い事を祈る。
それは、時の大臣や世論が、勝手に彼女に「国民栄誉賞」を与えたのであり、彼女は少しも「苦」に思う必要は無いのだと思う。
日本文学にも、「芥川賞」とか「直木賞」とか、人間が作った「賞」がある。
人間から与えられる物は、予想が外れるものである。
文学で、「賞」を受けた人が、続いて優れた小説を書いていない。
それらは、当時の選出者が夢を「人」に委託したにすぎない。
予想が外れるのは、当然の事なのだ。
高橋尚子も、文学界と同じように、当時の大臣や世論が「賞」に彼女を当てはめて、夢を見たにすぎないのであり、「期待に応えるように走る」と思わない方がよい。

如来様(Nyoraisama)から与えられた使命と、人間界の期待と、混同してはいけない。
彼女の使命は、「走る事」であり、結婚して子供を産んでも、「走る事」だと思う。
如来様(Nyoraisama)が与えた能力が、開花したのだ。

日本の、東京と大阪と名古屋のマラソンの三大大会を走り、「体力の限界まで走って、引退」するのではない。
身体を充分に休養させて、結婚をして出産後も、走る事を、日本の皆に、教えていくのが良いと思う。

私は、祈る。

走る事を止めないで。
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2008年03月07日

3月7日・自分内世界

これからは、少し違うフィクションなので、カテゴリーを改める。

時間稼ぎですから、無視してください。

世界内自分に於いての、自分の限定からの脱出である。
これまでは、「世界」があるとして、その内部に「自分」が含まれると考えていたが、この「世界」は、自分が社会の文化により「勝手に了解した、限定した、投影した」世界である。

私に、視覚とか聴覚などの認知能力があるから、視覚の世界や聴覚の世界が、私に与えられているのだ。
能力の限界まで世界が広がっている。
道具を使って、世界が広がる。
霊は如来様(Nyoraisama)が創った物だが、生命であるが、肉欲も持つために社会的である。

この世界が、感覚を統括する霊の世界だったら、私に与えられている世界は、霊の世界。
霊の世界で生きている事になる。
「世界」と言う時は、自分が考える世界であり、私を宿舎にした霊が考えた世界である。

障害を持つ人は、「世界」を失うが、一般人とは違った「世界」を持っているかも知れない。
世界観は主観的であるのは当然である。

自分が、「世界」を造り、自分を納得させて安心しているのかも知れない。
「世界」が無いと不安だと感じるのは、執着しているからだろう。
「世界」を造る能力が少ないならば、執着する数も少ない。
「世界」の魅力が強烈でないなら、簡単に忘れられる。
自分が造った世界に執着しているのだと思う。

不安から逃れるために、世界を造る必要がある。
ちょうど、獣から身を守るために、暗闇の中で火を灯すように。
しかし、暗闇である事は、火で周りを明るくした事とは無関係に存在する。
それが、自分が造る世界の限界である。

世界内自分は、まだ存在する。

Poor thinking is as good as no thinking.
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2008年02月09日

2月9日・別のフィクション

私は、以前、「保存」について、書いた。

保存や情報伝達に言葉を作る事は文化であるが、これ自体が、自然(客観)を切り落として、創作した情報である。
すべてを含む言葉は存在しない。
言葉を覚えることは、その国で歪んだ教育を受けることだ。
人は、生まれた途端、歪み始める。
言葉で如何に合理的な体系を作ろうとも、「客観的」かもしれないが、「客観」にはなれない。
あくまでも、主観の中だ。
その故に、人間同士が理解できるのだろう。
物に近づいた、合理的で、客観的な体系であろうとも、適用する時の客観は、既に流転しているのである。
客観の全てを表す言葉は存在しない。
人類が理性で納得しようとも、それは主観の中の合意であり、客観を獲得したのではない。
せいぜい、客観「的」な情報を共有したにすぎない。

エベレスト登頂に成功しても、自然を支配したわけではない。
遺伝子操作も同じだ。
遺伝子の情報を握ったとしても、神になったのではない。
無の状態から物を創造するのは神様だ。
人間は、物から物を作る能力しかない。

客観は流転し、人工知能などの人工物の遥かに及ばない所にあり続ける。
自然の条件を、全て満たすことは不可能だ。
せいぜい、予想の確率が良い人工物を作るぐらいだろう。


2月9日に考えたフィクション。

私が、私の仏性とは何かについて、記述は困難だと思う。
言葉による説明は、限界がある。
万物は流転するから、再現は不可能だ。
科学の実験とは違うと思うが、体験の条件は情報として伝わるかも知れない。
条件に応じて身体を使って、同じ境地を獲得する方法は考えられる。

なぜか?

それは、身体が、如来様(nyoraisama)であるからだ。

その方法が、宗派によって違う修行法なのだろう。
私は、自分を遠い世界の如来様(nyoraisama)に合一する修行ではなく、自分の中の仏性を発見する方法なのだと思う。
自分の仏性を発見する事だから、自分で目的を達成する方法もあると思う。
だから、どこかの宗派に属する必要はないと思う。

言葉で知ると思うな。
体験で知れ。

これも、フィクションである。
著作権は、私が持っている。
posted by kandk55 at 14:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 独白 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月01日

2008年1月1日火曜日・中国とアダルト

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@niftyNEWS より引用

2007年12月29日、国家放送映画テレビ総局は全国各地のテレビ局、映画制作会社に対し、「国家放送映画テレビ総局によるアダルト番組の制作・放送禁止に関する通知」を通達した。中国新聞社が伝えた。

☆私の考え☆

Google 検索を使えば、「百度」に短絡されポルノを見る事が出来ないと聞く。
だから、中国版Google の「 Doodlings index 」を使ってポルノを見ているのだろう。

いずれ、「 Doodlings index 」も消されるかもしれない。
消されないのなら、それは特権階級のための検索エンジンであろう。


中国に資本主義の要素が入り、コマーシャルのためにポルノが使われ、性を商売にするために、ネットや映画を規制すると言う。

しかし、人間は誰でも性欲に目覚める。
性が原動力になって、政治が変わることもある。
私は、東ドイツが崩壊したのは、民衆が自由な性を求めたからではないかと憶測する。
性欲も食欲も、人を動かす力がある。

ネットで世界と通じる現代では、性の規制は簡単ではないだろう。
ポルノは収束しないで、拡散する。
民衆は無知ではない。
英語が上手な人は、Google で、英語のアダルトサイトを探すだろう。
その上、日本からの背徳的な文化が、中国に入って来るから、たとえばINCEST など、法律で禁じられているからネットも禁止するという考えは、時代の流れに似合わない。
そして、本当にポルノを禁止するつもりなら「 Big Dikz 」などでは、検索不能にすべきだろう。


中国も、正面からポルノを考える必要があると思う。
私は、ポルノは「悪」ではないと思う。
中国は、昔からの伝統で、道徳の「徳」は教えるが、人間の「性」についての考えは得意ではないと思う。

人は性器を持っている動物である。
理性的な部分もあれば感情的な部分も持っている。
英雄、色を好むとも言う。

人間性の認識を間違えると、「第二の天安門事件」が起こっても不思議ではない。

さあ、指導者たちよ、天命を聞こう。

ああ、天よ、我はどのように行動すべきか……。と
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2007年12月11日

火曜日・私とパソコン

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先日も、パソコンの初期化について書いたが、その繰り返しである。

私のブロードバンド環境は、光の無線LANである。
パソコンは Windows XP 。

先日、初期化をしてみた。
私は、パソコン歴が5年ぐらいで、ブログを二つ持っていて、有償のソフトを持っている。
アンチウイルスソフトは、ノートンを使っている。
これで、Windows Xp を初期化しようとしている。
不安だった。

でも、マニュアルどおりにすれば、初期化は簡単だった。
一年に一度ぐらいは、初期化しても良いとも思う。

パソコンの初期化は簡単だが、ネットにつなぐのに苦労した。
私の家には、二台のパソコンがあり、一台は息子のものだ。それもXPで、無線LAN。
つまり、一台のホームゲートウェイに二台の無線LANのXPがつながっている。
問題は、無線LANだった。
ホームゲートウェイの親機とパソコンの子機をつなぐのに、「簡単無線LAN」という設定があるが、やっと手動で、開通させた。
暗号で、シグナルをやりとりしているのだ。
そのため、メールの設定も、有線とは違い、パスワードを通し、複雑な設定になった。
結局、プロバイダーの世話になり、メールは、やっと開通できた。

開通してからは、快適である。
コードから解放されたので、部屋のどんな所へでも、パソコンが使える。
今も、有線放送で、昔の唄を聞きながら、キーボードを打っている。

団塊の世代といわれ、非難もあろうが、電気洗濯機・学生運動・東京オリンピック・ラジカセ・ビートルズ・オーディオ・CD ・地上デジタル波テレビ……と、歩いてきて、今は、Yahoo・Google ・パソコンである。

最先端を味わうことが出来たと思っている。

無線LANは、海外サイトも、有線と変わらず接続可能である。
私が学生の頃、「 御禁制品 」だった、海外の無料・無修正のサンプルを、どんどん閲覧できる。
Google 社の検索を使えば、少ない英単語で、楽に海外サイトを見れる。

さて、私の「性」のことだ。
女房に相手にされないし、若い娘と浮気をする勇気も無い。
小さな男の器官を持つ私は、肉体を使うSEXに自信が無い。

こうなれば、私がパソコンを失う時に後悔しないように無線LANを使って、自由自在に海外サイトを閲覧し、世界の美女がするSEXの場面を脳に記憶させよう。
最高の、好色な場面が見たいと思う。

肉体的には、Masturbation しか残されていないと思う。

……死ぬまでの楽しみだ。老人が、地獄の楽しみを見て死ぬことは神様も、お許しになると思う……。
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2007年12月08日

土曜日・若者の教育

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東国原宮崎県知事の、「徴兵制」や、「徴農」つまり、自衛隊や農業に強制的に従事させることだと思うが、これが若者の教育かと疑問に思う。

親は自分たちの快楽を求めてSEXに励み、子を作らない。
そして、作った子の教育を、幼稚園・学校・会社にお任せする。
そして、不満ばかり言う。


諸悪の根源は、子を作った親の無能さであると思う。
最近、尊属殺人のニュースが多い。
人は、みんな死ぬ。
親は、自分の子供に殺される事で満足しなくてはならない。
見知らぬ他人から殺されず、最愛の子供が殺してくれるのだから、子供に感謝できると思う。


姥捨て山に、村の掟どおり山に捨てに行く息子と母親の話を以前に紹介した。
その時の母親の気持ちが、親の気持ちである。



私の要望

政治家も親も、「 徳を積む 」という事を、真剣に考えて欲しい。

「 背徳の行為 」は止めて欲しい。
人に見られなければ、何でも行為するのは止めて欲しい。

子供に「 ボランティア精神 」を育てて欲しい。
親が、自分から、ボランティアの行動をして欲しい。

空気や水のように、見えないものや、無料だと思っている物に感謝する気持ちになって欲しい。

外国のように、ボランティアを、大学受験に組み入れたり、入社試験に組み入れたりして、ボランティアをする心を若者の心の中に作って欲しい。

介護を受ける人は、金を払っている事を理由にして、ヘルパーを家政婦として使わないで、介護してくれる善意に感謝して欲しい。



世の中を「徴兵制」にしても「徴農(つまり農業に若者を刈り出す事だと思うが)」にしても、私の要望は実現しない。

日本は、憲法で軍隊は持たないことに決まっている。
実際は、自衛隊が軍隊だと思うが、入隊を強制することは、憲法違反であると思う。
入隊を希望するのなら、今でも入隊できる。
東国原宮崎県知事も、入隊を希望するのなら入隊すれば良い。
個人の自由だ。
他人を一緒に巻き込むなと言いたい。
そして、自民党が喜ぶ事を言わず、早稲田大学も卒業したと言うならば、もっと真剣に考えて欲しい。

学生気分では困る。
posted by kandk55 at 06:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 独白 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月07日

あなたは、どう思う

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私は、ルール違反で、著作権を侵しているかもしれない。
こういう主張が、宮崎県知事から出たことを重要に思う。


宮崎県の東国原英夫知事は28日、宮崎市の知事公舎であった若手建設業者らとの懇談会で「徴兵制があってしかるべきだ。若者は1年か2年くらい自衛隊などに入らなくてはいけないと思っている」と述べた。記者団に真意を問われた知事は発言を撤回せず、「若者が訓練や規則正しいルールにのっとった生活を送る時期があった方がいい」と持論を展開した。

 懇談会には県建設業協会青年部の地域代表ら12人が参加。若手の育成方法などが議論になり、知事が個人的意見として語ったという。

 懇談会の終了後、知事は「道徳や倫理観などの欠損が生じ、社会のモラルハザードなどにつながっている気がする」と言及。「軍隊とは言わないが、ある時期、規律を重んじる機関で教育することは重要だと思っている」と語った。




これは、個人的な判断で、親は子の教育を放棄した人の意見だと紹介するのなら、我慢できる。

しかし、発言者は、知事である。
その言動が、発表されたのである。

これを日本国一般の国民が、同意したものだと受け止められては、非常に困る。

実際、私の家庭では、こういう事は一切無く、宮崎県知事の家庭に起こっている事を、一般に拡大しようとするものだ。

東国原知事だけの、一身に起こっている事を、一般化する事で、正しい事ではない。

早稲田大学を卒業して、何を学んだのか、疑問に思う。
こんな人を知事にして良いのか、宮崎県民は、真剣に考えるべきだと思う。
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2007年12月02日

日曜日・無料・無修正サンプル動画

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アクセス解析に、サンプル動画と老人で検索して来た人がいた。
そこで、なぜ私が、有償サイトに加入するのではなく、無料・無修正のサンプル動画を見るのか考えてみた。
パソコンを購入してからの生活習慣であり、人に批判されても続けたい。

自分の行為の正当化である。

有償サイトに加入しない理由

@加入する金が無い。

A日本の法律に違反している。金を払えば合法になるとは考えない。

BDRMという電子機器上のコンテンツの無制限の利用を防ぐ技術のため、DVDで保存できるか不明。
加入しないと見る事ができないならば、加入したいと思わない。

C海外サイトに魅力ある内容があり、英語が堪能でないこと。加入した場合に、クレジットカードを使うことになるが、利用する自信が無い。国際的なトラブルは困る。

無料サンプルを見る理由

D無料であり、自分が見たい時に見る自由がある。

E無料サンプルを保存しているが、時間を超越して、再生できると思う。DRMとかに、制限されない。

F何を見るのか自由であり、サイトの種類が多く、自分の固定概念を破ることが出来る。

その他の理由

G私の年齢から来る、精力の衰えがある。お金を払って、性を追求する根気も無いし、時間も無い。

HSEXは、生きている時の楽しみであるが、Videoを見てFUCK したいのではなく、Masturbation をしているだけである。私は、自分が好む性に固執しない。お金があれば、他の生き方にお金を使う。

I私が死んだ後に、好色なDVDが残ることは、恥ずかしい。有償サイトに加入することは、自分の性癖を告白するのと同じで、個人情報をお金を払って売っている気持ちがする。

J無料サンプルは、内容は良いが、再生時間は短い。しかし、私は、それを我慢するタイプの人間だ。

少し考えてもこれだけ理由がある。
もっと理由があると思うが、それは後日書きます。

今日は、どんな無料・無修正の動画サンプルを見て獣になるか、楽しみだ。
posted by kandk55 at 03:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 独白 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月23日

金曜日・ips細胞の革命的成果と私

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詳しいことは、検索して欲しい。

私が理解したこと。

京都大学の山中教授が、ips細胞を再生医療に使うことができると発表した。
それは、自分の細胞に、遺伝子を加えて人工細胞を作る。
今までの、クローンES細胞が、倫理的に問題であるのに対して、ips細胞は、自分の細胞を加工して自分に使うから、倫理面をclear すると同時に、生体間移植に伴う拒絶反応が無いことで、再生医療に有用という。
問題は、加えられる遺伝子に、ガンを発生させる可能性があることだ。
これは、外国では他の遺伝子が使われて成功しているから、将来は解決する問題であろう。

私の感想。

山中教授は、ノーベル賞に相当する人類への貢献があると思う。
昔から、京都大学は、ノーベル受賞者を生む大学だった。
ある目的が決まり、その方向に、「馬車馬」のように、一等賞を目指す大学ではないからだ。
日本には、京都大学より難関の有名大学が東京に有る。
私は、三流大学卒業である。
私は試験に不合格だったから言うのではないが、東京の大学は優秀な生徒が集まっても、ノーベル賞の受賞者が少ないのは、学生が高校の頃から、一つの目的に向かって競争することに教育されているのだと思う。
京都大学は、違う。
世の中が「クローン羊」か「牛」か知らないが、ES細胞を懸命に研究していた時に、違う方向の研究をしていたのだ。
研究に哲学がある。
これは、東京の大学には出来ないことだろう。
ES細胞ではなくて、ips細胞が再生医療に使えるとなれば、世界中の科学者が注目する。

世界から注目されることは、私も目標としていたことだ。
それを、先に達成されてしまって、残念に思う。

彼らは、ノーベル賞を目指すだろう。
私は、一生の記念に、世界から注目されるようなブログを目指しているから、目標は違うが……。
posted by kandk55 at 14:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 独白 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月20日

火曜日・親

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私のもう一つのブログ「好き勝手なことを書くブログ」て書いたことを修正して転記する。


あるブログで、私が米良美一(Mera Yosikazu)さんについて書いたので、私が彼のファンだとか、自分のブログを宣伝しているなどと言う人がいた。
私は、母親の愛について書く。
私は女性ではないから、母親の気持ちをどれだけ理解していたかわからない。
しかし、美輪明宏さんの「ヨイトマケの唄」をネットで聴いてみて、子供のために土僕作業までして、学校を卒業させ「苦労、苦労で死んでった」母親の背中を見て、成人になった男が「母さん見てくれ、この姿」と死んだ母に報告する唄を聞くと、母親は、彼のためにが働いたのは無駄では無かったと思うだろうし、母に報いるために立派になった男を賞賛したい気持ちになる。
私は、中二の時に、母を亡くして、父に育てられたが、母が死ぬ前に、「嫁と姑の問題」で苦しんでいた事や私が学業を怠けているのを見て、私の将来を心配していた事が、今でも忘れられない。
もう58歳になったというのに、母に、成人した自分を、そして孫を見なかったという思いが、いつまでも残念だという思いが残っている。
私が死んでも残るのだろう。
母は海。
私は、母を選んで生まれたのでもなく、母が私を選んで産んだのでもない。
何も無い所から、縁あって、生じた親子という絆である。
人類が進化するというなら、子供がその先端である。
子供は、無数の先祖が作り上げた作品だ。
親は、先祖を将来に残すために子供を作るのかもしれない。
私が小さい頃、命のローソクとも知らず、取り替えた少女の話をしてくれた。
もしも、私の子供が短い生命しかないと息子の将来を知ることが出来たら、少女がしたように、自分のローソクを子供のローソクに足すかもしれない。
自分の命も捨てて、子供の救助に走る親の話も聞く。
今日も、3階建てのアパートが火事になり、わが子を下の通行人に受け止めてもらった後に、自分たちも3階の窓から降りた親のことがニュースに流れていた。
わが子が戦争に巻き込まれないように、「憲法九条を変えない」親もいる(私だが)。
五体満足の息子を持った私が、こんな状態だから、米良(Mera)さんのように難病を持った人の母親の気持ちを察すると胸が痛む。
親は障害を持つ者を、このまま置いて死にたくないと思うだろう。
自分が死ねば、この子は、どうなるか。
年齢からいって、死ぬのは自分が先だろう。
この子は、どうなるのか。
その心配は、計り知れない。
難病の米良(Mera)さんは、有名になり、ひとりで生活出来るようになり、母親への感謝を歌っている。
彼は、生きている親に、親孝行をしているのだ。

「 親孝行、したい時には、親は無し 」

本当にそう思います。
死んだ母が喜んでいるのか不満なのかは、霊媒師などの特殊な人にしかわかりません。
生きているうちに、親孝行は、すべきです。
生きている親を喜ばすことは簡単だと思います。
posted by kandk55 at 02:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 独白 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月18日

日曜日・仮面

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先日、仮面について書いたことの続きである。

仮面については、学生時代に見た官能小説の影響が強く、今日まで良い印象は無かった。

海外の仮面乱交パーティで、仮面を着けた男性が父親で、仮面を着けた相手の女性が娘であることを知っていながら、カップルになるという小説だった。
当時は、これを読んで興奮した。
最近、Mature やGranny のサンプル動画を見て、やはり変わっていないと思っていた。

しかし、今日、思ったことだ。
このインターネットを楽しんでいる私自身も仮面を着けている人間で、Mature やGranny と同じ水準で楽しんでいると自覚させられた。

私が幼い頃は、仮面を着けた正義の味方が多かった。

「何処の誰だか知らないけれど、誰もがみんな知っている」

そのように歌われた正義の味方が、悪者から襲われた危ない場面に、バイクに乗って登場するのだ。

私は、仮面を着けた一員として、憲法九条の改正などの時に正義の味方になろうと思う。

今日も、つまらない話でした。
posted by kandk55 at 18:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 独白 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月09日

金曜日・今の私・政治や宗教

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次に、政治と宗教に対する考え。

私は、60歳の定年退職を前にしたサラリーマンである。
女房と息子と私の三人暮らし。
特別な政治団体に入っていない。
ただ、一応、大学で近代経済学もマルクス経済学も勉強したが、本来は法学部卒業である。
京都市内の三流大学である。

私の学生時代は、団塊の世代の直後で、その人達からの影響が強い。
私が在学していた頃は、学生運動が盛んで、左翼の人から、共闘の誘いがあったが、断り続けた。
マルクス主義には、人間の把握が一面的であるという印象があったからだ。
当時は流行した実存主義を学び、左翼の人と議論をしたが、彼等の考えは私の考えとは違っていた。
貧乏な学生だったが、サルトルやハイデガーやキルケゴールの著作を古本屋で購入した。

卒業後は、当時の本を見る事も無かったが、こうしてブログを作り、現在は何円で購入するか書こうとした時に、再び見ることになった。


そんな学生だったから、戦争には反対で、第二次世界大戦の教訓を生かすことに全力を注ぐことに決めている。
戦前とは教育水準が違うから、簡単に戦争にはならないと思うが、既成事実を積み上げて戦争にする手法には反対すべきだ。
それに、戦前の宗教は、戦争に何も言わなかった。
宗教家は、それを、重大な欠陥があったと受け止めて、これからは戦争の抵抗勢力になって欲しい。
人殺しを是とする宗教なんか要らない。


私が言いたいのは、戦争反対ということだ。
人から何を言われても、「憲法九条は変えない」ことを訴え続けていくつもりである。

posted by kandk55 at 14:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 独白 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

金曜日・今の私・性について

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私は、独断と偏見でこのブログを書いているが、何を求めているのだろうか?
現時点の私の主観的な判断基準を書いてみた。

今日は「性」にいて書く。

私は過去に影響されて、現実には実現できないことをネットに求めていると思う。

子供の頃、路上で交尾する犬を見た。
交尾している犬に、周りの人が水を浴びせて、中止させたと記憶しているが定かではない。
しかしその時の、犬の性器が記憶に残っている。
犬と犬の身体を連結している赤い性器。
この印象は強く残っている。

もう一つは、父母の夜の営みを見たことだろう。
母は若くして亡くなったが、私の愚行を知っていたと思う。
母に知られているとも知らず、愚行を続ける私。
知っていながら、私を許した母。
それらが重なり、私を限りなく好色な男にしたと思う。

絶倫と好色と分けられるが、私は絶倫ではなかった。
好色の部類だろう。
好色であったが、女の経験は遅かった。
女性との経験は少なく、以前に書いたように、平凡な男である。

好色の故に、貧乏な大学生活を送りながらも、古本屋で、大学の本と同時に洋書のエロ本を購入した。
その後、結婚してからも、女房の目を盗んで、好色な文庫本を買い続けた。

そして、パソコンを購入してからは、海外サイトの無料・無修正のサンプルで楽しんでいるのが現状である。

海外サイトは数が多く、全部を見ることは出来ない。
人それぞれの性向で選ぶことになる。
私の場合は、サンプルでも、男女が懸命になってSEXしているのが好きだ。
遊んでいるのは、どうしても好きになれない。
私の過去の印象により、Animal系やTaboo系も、真剣なサンプルが好きだ。
文庫本の選択についても、限られた時間と金額で、何を獲得するかが問題である。
本質を突く選択は、時間の短縮と内容の豊富さを獲得できる。
本でも、歴史の淘汰に耐える本を獲得できると思う。

こんなことに時間を費やすのは、人生の無駄な消費だとも言えるが、これは私にとっては、人間を取り戻す時間になっている。

これは、好色な私が、人間性を取り戻し、野獣になっている時間だとして、神様にお許しを願いたい。
posted by kandk55 at 06:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 独白 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月07日

水曜日・私のブログを存続させるため

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私は、これまで好き勝ってにブログを書いて来て、合計すると300個を超えた投稿をしている。

カテゴリーを考えると、本屋ではないから、古書や洋書の紹介には限度がある。
いつかは、この部門から撤退するだろう。
話のタネが尽きるからだ。

Foreign については、私の性の傾向を考えると、続かせたい。
Google 社が、日本人の検索エンジンとなれば、私が書くことは、すでに多くの日本人が知っている中で記事を書くことになり、私から見た海外サイトの感想になるだろう。
私は、現在、日本中の成人は、海外のサンプルを見ていると思っている。
ただ、青少年は、好奇心が旺盛で、私が書く好色な英単語で、検索していると思っている。

こういう理由で、サイトの紹介ではなく、サイトを見た感想を書くことになるので、ブログの魅力はなくなるかもしれない。
私のブログなど見ないで、もっと英語を勉強して、検索すれば、自分に好みのサイトを発見できるだろう。
幸いなことに、日本では、個人でポルノを見て楽しむことは禁止されていない。
自分の勉強次第で、いくらでもポルノは見れる環境で、私も日本人の一人として、こういう環境は守らなくてはならないと思う。

残るものは何があるか?
それは、独断と偏見に満ちた私の思想が残る。

私は、老人であるから、私のブログを見ている人より、死に近いのだ。
実際、知人で死んでゆく人が多くなっている。
死亡したら何も無くなるという考えもあるだろうが、人には精神が有ると言いたい。
出来ることなら、身体は灰になっても、何か人に影響を与えたい。
出来ないと思うが。

死んでゆく老人のつまらない話になると予想される。
死ぬまで、好色的で楽しく、独断と偏見を持ちながら、このブログを続けると予想される。

ああ、残念だ。
ページランクが下がってしまう。
posted by kandk55 at 06:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 独白 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする