2012年12月09日

2012/12/9、オカルト・気(ki)と情(zyou)・現時点の考え 1

私は仏教が好きだが、僧侶ではない。
哲学的な文章だが、哲学を学んでいない。
物理の話をするが、物理を学んでいない。
心理の話をするが、心理学を学んでいない。
霊魂の話をするが、霊能力者ではない。
私は、三流大学の法律科を卒業した。

2012/1/14、私の記事


「 万物は流転する 」が無常であり、「 我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこに行くのか 」を無明と考え、前者が情(zyou)であり、肉体であり、後者は気(ki)であり、生命であると思う


2012/5/19、私の記事


これは、私だけの考えであり、同調は求めない。


私は、@時間を創る空間関係(因果の時間)と

A人間が考える時間(時間意識)を分ける。



2012/6/12、私の記事


これは、私だけの考えであり、同調を求めない。

私は、ここで「 無意識 」を修正することにする。

それは、「 小脳の無意識 」と「 大脳の無意識 」とに分け、前者が「 気(ki)」の無意識とし、後者を「 情(zyou)の無意識 」と仮定し、前者が後者を包摂すると考える。

そして、次のように連想する。

T、一方では、

@の時間

関係

連続

実有

気(ki)

気(ki)の無意識

現在

行為@「 閉じこもり 」(11/10追加)A「 脱皮 」(11/10追加)

無明

生命

エーテル(媒体)電磁場や重力場が存在する真空の空間(10/13追加)

ミラーニューロン(10/13追加)

生き物(10/13追加)

魂(11/10追加)

鬼(ki)「 邪しき神」や「邪しき鬼(もの)」という得体の知れぬ「カミ」や「モノ」、あるいは鬼神(kizinn)(11/10追加)



U、他方では、

Aの時間(時間意識)

実体

不連続

虚(kyo)

情(zyou)

情(zyou)の無意識

過去や未来

思考

無常

肉体

大気(媒体)(10/13追加)

ニューロン(10/13追加)

霊長類(10/13追加)

霊(11/10追加)

鬼(oni)(死霊)(亡霊)(11/10追加)


2012/12/9、私の考え


これは、私だけの考えであり、同調を求めない。

私がTに分類した気(ki)やUに分類した情(zyou)を並び立てるのか考えたことがありますか?

私は、三流大学卒業生であり、私が考えることは多分、間違いでしょう。

私は、「 あなたに考えて欲しい 」のです。

「 考えたこと 」が、あなたの真理なのです。

他人の発表の中には、「 嘘 」が混在しています。


これまでに考えた私の経過が、どのような結論になるのか、私にもわかりませんが、現時点での考えを書きます。


人間が「 生きていること 」は「 欲 」を持っていることであり、「 魂 」、すなわち「 心に鬼を抱いている 」ことだと思います。


以下は、心の中に在る欲や鬼(oni)や鬼(ki)の具現化の段階であると考えていく予定です。


@情(zyou)と鬼(oni)と「 無常 」

A@と「 関係 」

B気(ki)と鬼(ki)と「 無明 」


今年いっぱいで考える予定であるから、先は急ぎません。
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2012年11月27日

2012/11/27、気(ki)と情(zyou)・魂と鬼

私は仏教が好きだが、僧侶ではない。
哲学的な文章だが、哲学を学んでいない。
物理の話をするが、物理を学んでいない。
心理の話をするが、心理学を学んでいない。
霊魂の話をするが、霊能力者ではない。
私は、三流大学の法律科を卒業した。

2012/1/14、私の記事


「 万物は流転する 」が無常であり、「 我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこに行くのか 」を無明と考え、前者が情(zyou)であり、肉体であり、後者は気(ki)であり、生命であると思う


2012/5/19、私の記事


これは、私だけの考えであり、同調は求めない。


私は、@時間を創る空間関係(因果の時間)と

A人間が考える時間(時間意識)を分ける。



2012/6/12、私の記事


これは、私だけの考えであり、同調を求めない。

私は、ここで「 無意識 」を修正することにする。

それは、「 小脳の無意識 」と「 大脳の無意識 」とに分け、前者が「 気(ki)」の無意識とし、後者を「 情(zyou)の無意識 」と仮定し、前者が後者を包摂すると考える。

そして、次のように連想する。

T、一方では、

@の時間

関係

連続

実有

気(ki)

気(ki)の無意識

現在

行為@「 閉じこもり 」(11/10追加)A「 脱皮 」(11/10追加)

無明

生命

エーテル(媒体)電磁場や重力場が存在する真空の空間(10/13追加)

ミラーニューロン(10/13追加)

生き物(10/13追加)

魂(11/10追加)

鬼(ki)「 邪しき神」や「邪しき鬼(もの)」という得体の知れぬ「カミ」や「モノ」、あるいは鬼神(kizinn)(11/10追加)



U、他方では、

Aの時間(時間意識)

実体

不連続

虚(kyo)

情(zyou)

情(zyou)の無意識

過去や未来

思考

無常

肉体

大気(媒体)(10/13追加)

ニューロン(10/13追加)

霊長類(10/13追加)

霊(11/10追加)

鬼(oni)(死霊)(亡霊)(11/10追加)


2012/11/25、私の記事


これは、私だけの考えであり、同調を求めない。


………………(省略)………………………………


この観点から、霊魂を考えると、情(zyou)として、意識としての見えない物や「 文化 」が「 霊 」であり、「 虚 」であり、これは人から教育や教唆されても、「 実体 」と意識するだろう。


これに対して、気(ki)として、見えない物、あるいはエネルギーが「 魂 」であり、無意識によって「 実有 」と実感され、「 実体 」と「 実有 」が出会い実感される場所が「 今 」「 現在 」の「 現実 」であり、それが「 霊魂 」であると思う。


教育や教唆されての「 人で無いもの 」が鬼(oni)であり、無意識に恐れる「 人で無いもの 」が鬼(ki)であるだろう。


前者の鬼(oni)が、文化として、情(zyou)としての「 人で無いもの 」であり、社会的であり、宗教など信じることなく生まれる。


言い換えると、「 信義則 」や「 信頼 」が無くても、鬼(oni)は生まれるし、「 信義則 」や「 約束 」は鬼(oni)には必要が無い。

それが、科学的「 実体 」であるだろう。


鬼(oni)は、後者の鬼(ki)を必要としない、科学的「 実体 」という「 虚 」であり、学問の「 虚 」であり、生命に直結する「 信義則 」や「 約束を信じること 」つまり「 義 」は必要ではない。


後者の鬼(ki)が、気(ki)としての「 人で無いもの 」であり、個別的であり、生命的な「 無明 」であり、「 信義則や約束を信じること 」により、存在し、それが「 義 」であるだろう。


「 不連続 」と「 不連続 」を「 信じること 」により「 連続 」させる。


鬼(oni)は情(zyou)であり、「 信義則 」や「 約束 」という「 義 」を破っても存在し続けるが、鬼(ki)は、「 信義則 」や「 約束 」を守り、信じる人は「 信義則や約束が無い状態、つまり「 義 」が無い状態(無明)が生命と直結することを恐れる 」から、「 恐れる 」人の間に存在する。


「 信義則 」や「 約束 」を破る鬼(oni)は、科学的な死霊であり、「 信じること 」をせず、「 義 」を知らず、生命を考えないから、鬼(ki)である「 魂 」を持っていないことになると考えている。


2012/11/27、私の考え


これは、私だけの考えであり、同調を求めない


これまでの考えは、間違っているかも知れないが、更に考えてみる。


これまでのように、鬼(oni)を「 実体 」とし、「 不連続 」な「 虚 」であり、情(zyou)と考える。

鬼(ki)を気(ki)と考え「 実体 」と「実体 」を「 連続 」させたのが「 実有 」であり、「 連続 」するエネルギーと考える。


この、「 実有 」と「 実体 」のほかに「 関係 」を考え、この「 実体 」と「実体 」を「 連続 」させるものを「 関係 」と考え、この「 関係 」がエネルギーを持つと、私は思う。


「 実有 」は、「 関係 」をエネルギーとして保有すると考える。


「 信義則 」や「 契約 」は、情(zyou)と一般的に考えられると思うが、それ自体は情(zyou)では無く「 関係 」であり、従って気(ki)であり、その「 関係 」を破壊するのが「 邪しき神」や「邪しき鬼(もの)」という得体の知れぬ「カミ」や「モノ」というエネルギーであると、私は思う。


食物や飲み物が情報に包まれた「 実体 」であっても、生命にとって安全に摂取可能であるという「 信義則 」や「 契約 」という「 義 」が無ければ生きてゆけない。


「 信義則 」や「 契約 」や「 義 」は情(zyou)ではなく、「 関係 」であり、「 関係 」プラス「 実体 」、すなわち「 実有 」が破壊されたら「 不安 」になるが、これは「 無明 」に通じる。


「 不安 」や「 無明 」にするのが「 邪しき神」や「邪しき鬼(もの)」という得体の知れぬ「カミ」や「モノ」というエネルギーが鬼(ki)だと思う。


情(zyou)である鬼(oni)が、「 実体 」の間(hazama)の閉塞した人間の自我の内部の波動であるのに対して、気(ki)である鬼(ki)は、遮るものが無い「 関係 」の間(hazama)のエネルギーだと思う。

前者の殻を破るとき、すなわち、閉鎖した自我が「 信義則 」という関係に解消したとき、情(zyou)の「 霊 」が気(ki)の「 魂 」に解消して「 霊魂 」となり「 実有 」となるが、それを破壊して「 不安 」で「 無明 」にするのが鬼(ki)というエネルギーであり、鬼(ki)という「 実体 」ではなく、「 実体 」を破壊するエネルギーの存在意識や「 関係 」を意識するとき鬼(ki)が存在すると考える。

鬼(ki)を「 恐れる 」意識を持つとき、鬼(ki)ではなく、「 魂 」を維持できるだろう。


鬼(ki)は、 邪しき神」や「邪しき鬼(もの)」という得体の知れぬ「カミ」や「モノ」だから、人間は神になれないと同時に、鬼(ki)になれない。

人間は、死霊である鬼(oni)になる可能性はあるが、鬼(ki)にはなれないと思う。


これは、間違いであるかも知れないが、そう思う。





http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AC%BC#.E4.B8.AD.E5.9B.BD.E3.81.AB.E3.81.8A.E3.81.91.E3.82.8B.E3.80.8C.E9.AC.BC.E3.80.8D

鬼の学説

文芸評論家の馬場あき子は5種類に分類している[1]。
1.民俗学上の鬼で祖霊や地霊。
2.山岳宗教系の鬼、山伏系の鬼、例、天狗。
3.仏教系の鬼、邪鬼、夜叉、羅刹。
4.人鬼系の鬼、盗賊や凶悪な無用者。
5.怨恨や憤怒によって鬼に変身の変身譚系の鬼。


中国における「鬼」

中国で鬼(グウェイ、ピンイン : guǐ)という場合、死霊、死者の霊魂のことを指す[8]。日本で言う「亡霊」の方がニュアンスとして近い(中国語版ウィキペディアの記事『鬼』は、日本語版『亡霊』にリンクされている)。中国では、直接鬼と呼ぶのはタブーであることから、婉曲して好兄弟ともいう。また日本にもこの思想が入っており、人が死ぬことを指して「鬼籍に入る」などと言う言い方がある他、元来の意味合いと混交したイメージでも捉えられている。

また他国の人種を蔑称する際「鬼子(広東語:鬼佬)」といい、日本人を最大級の蔑称として日本鬼子を使用する。2010年の尖閣諸島中国漁船衝突事件を受けて中国で発生したデモで、多く日本人が目にした言葉であるが、日本人にとって「鬼」=「強い力」を意味するなど肯定的な意味に捉えることもできるため、肝心の日本人にはいまひとつ侮蔑の意が伝わらなかった。

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2012年11月25日

2012/11/25、気(ki)と情(zyou)・実有と実体

私は仏教が好きだが、僧侶ではない。
哲学的な文章だが、哲学を学んでいない。
物理の話をするが、物理を学んでいない。
心理の話をするが、心理学を学んでいない。
霊魂の話をするが、霊能力者ではない。
私は、三流大学の法律科を卒業した。

2012/1/14、私の記事


「 万物は流転する 」が無常であり、「 我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこに行くのか 」を無明と考え、前者が情(zyou)であり、肉体であり、後者は気(ki)であり、生命であると思う


2012/5/19、私の記事


これは、私だけの考えであり、同調は求めない。


私は、@時間を創る空間関係(因果の時間)と

A人間が考える時間(時間意識)を分ける。



2012/6/12、私の記事


これは、私だけの考えであり、同調を求めない。

私は、ここで「 無意識 」を修正することにする。

それは、「 小脳の無意識 」と「 大脳の無意識 」とに分け、前者が「 気(ki)」の無意識とし、後者を「 情(zyou)の無意識 」と仮定し、前者が後者を包摂すると考える。

そして、次のように連想する。

T、一方では、

@の時間

関係

連続

実有

気(ki)

気(ki)の無意識

現在

行為@「 閉じこもり 」(11/10追加)A「 脱皮 」(11/10追加)

無明

生命

エーテル(媒体)電磁場や重力場が存在する真空の空間(10/13追加)

ミラーニューロン(10/13追加)

生き物(10/13追加)

魂(11/10追加)

鬼(ki)「 邪しき神」や「邪しき鬼(もの)」という得体の知れぬ「カミ」や「モノ」、あるいは鬼神(kizinn)(11/10追加)



U、他方では、

Aの時間(時間意識)

実体

不連続

虚(kyo)

情(zyou)

情(zyou)の無意識

過去や未来

思考

無常

肉体

大気(媒体)(10/13追加)

ニューロン(10/13追加)

霊長類(10/13追加)

霊(11/10追加)

鬼(oni)(死霊)(亡霊)(11/10追加)


2012/11/25、私の考え


これは、私だけの考えであり、同調を求めない。


単純なことだが、「 実体 」と「 実有 」とは違うことに気づいた。


前者は、「 不連続 」の「 意識 」であり、文化であり、教育も出来る、「 実体 」という「 虚 」であり、前者の無意識は大脳の情(zyou)の無意識である。


後者は、気(ki)の無意識であり、小脳の無意識、つまり生命に直結する「 連続 」した「 実有 」であり、範囲は「 実体 」より広く、意識を超えた宇宙である。


意識の「 実体 」に「 現在 」という気(ki)の無意識が加わったのが「 実有 」であるかも知れない。


教育し、伝承され、共感される(ミラーニューロンが働く)のは、「 今 」や「 現在 」という気(ki)の中で「 実体 」の「 不連続 」を「 連続 」させることであり、「 実有 」や「 連続 」は、共感した現在の個人の中に存在すると考える。


「 実体 」は「 実有 」を必要としない「 虚 」であり、学問は「 虚 」であり、学問を修めるとは、人類が知恵を喰い尽くし、その食べ残しを食べることだと思う。


この観点から、霊魂を考えると、情(zyou)として、意識としての見えない物や「 文化 」が「 霊 」であり、「 虚 」であり、これは人から教育や教唆されても、「 実体 」と意識するだろう。


これに対して、気(ki)として、見えない物、あるいはエネルギーが「 魂 」であり、無意識によって「 実有 」と実感され、「 実体 」と「 実有 」が出会い実感される場所が「 今 」「 現在 」の「 現実 」であり、それが「 霊魂 」であると思う。


教育や教唆されての「 人で無いもの 」が鬼(oni)であり、無意識に恐れる「 人で無いもの 」が鬼(ki)であるだろう。


前者の鬼(oni)が、文化として、情(zyou)としての「 人で無いもの 」であり、社会的であり、宗教など信じることなく生まれる。


言い換えると、「 信義則 」や「 信頼 」が無くても、鬼(oni)は生まれるし、「 信義則 」や「 約束 」は鬼(oni)には必要が無い。

それが、科学的「 実体 」であるだろう。


鬼(oni)は、後者の鬼(ki)を必要としない、科学的「 実体 」という「 虚 」であり、学問の「 虚 」であり、生命に直結する「 信義則 」や「 約束を信じること 」つまり「 義 」は必要ではない。


後者の鬼(ki)が、気(ki)としての「 人で無いもの 」であり、個別的であり、生命的な「 無明 」であり、「 信義則や約束を信じること 」により、存在し、それが「 義 」であるだろう。


「 不連続 」と「 不連続 」を「 信じること 」により「 連続 」させる。


鬼(oni)は情(zyou)であり、「 信義則 」や「 約束 」という「 義 」を破っても存在し続けるが、鬼(ki)は、「 信義則 」や「 約束 」を守り、信じる人は「 信義則や約束が無い状態、つまり「 義 」が無い状態(無明)が生命と直結することを恐れる 」から、「 恐れる 」人の間に存在する。


「 信義則 」や「 約束 」を破る鬼(oni)は、科学的な死霊であり、「 信じること 」をせず、「 義 」を知らず、生命を考えないから、鬼(ki)である「 魂 」を持っていないことになると考えている。


「 義 」とは、人倫の道であり、人として為すべき人の行為である。


「 魂 」という漢字の中には「 鬼(oni)」という漢字が含まれている。

「 魂 」は、人類のすべてが持っている。

人類のすべては、「 鬼(oni)」を持っている。


鬼(oni)を、鬼(oni)として残すか、鬼(ki)に変えるかは、個人の自由である。





http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AC%BC#.E4.B8.AD.E5.9B.BD.E3.81.AB.E3.81.8A.E3.81.91.E3.82.8B.E3.80.8C.E9.AC.BC.E3.80.8D

鬼の学説

文芸評論家の馬場あき子は5種類に分類している[1]。
1.民俗学上の鬼で祖霊や地霊。
2.山岳宗教系の鬼、山伏系の鬼、例、天狗。
3.仏教系の鬼、邪鬼、夜叉、羅刹。
4.人鬼系の鬼、盗賊や凶悪な無用者。
5.怨恨や憤怒によって鬼に変身の変身譚系の鬼。


中国における「鬼」

中国で鬼(グウェイ、ピンイン : guǐ)という場合、死霊、死者の霊魂のことを指す[8]。日本で言う「亡霊」の方がニュアンスとして近い(中国語版ウィキペディアの記事『鬼』は、日本語版『亡霊』にリンクされている)。中国では、直接鬼と呼ぶのはタブーであることから、婉曲して好兄弟ともいう。また日本にもこの思想が入っており、人が死ぬことを指して「鬼籍に入る」などと言う言い方がある他、元来の意味合いと混交したイメージでも捉えられている。

また他国の人種を蔑称する際「鬼子(広東語:鬼佬)」といい、日本人を最大級の蔑称として日本鬼子を使用する。2010年の尖閣諸島中国漁船衝突事件を受けて中国で発生したデモで、多く日本人が目にした言葉であるが、日本人にとって「鬼」=「強い力」を意味するなど肯定的な意味に捉えることもできるため、肝心の日本人にはいまひとつ侮蔑の意が伝わらなかった。

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2012年11月23日

2012/11/23、気(ki)と情(zyou)・魂

私は仏教が好きだが、僧侶ではない。
哲学的な文章だが、哲学を学んでいない。
物理の話をするが、物理を学んでいない。
心理の話をするが、心理学を学んでいない。
霊魂の話をするが、霊能力者ではない。
私は、三流大学の法律科を卒業した。

2012/1/14、私の記事


「 万物は流転する 」が無常であり、「 我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこに行くのか 」を無明と考え、前者が情(zyou)であり、肉体であり、後者は気(ki)であり、生命であると思う


2012/5/19、私の記事


これは、私だけの考えであり、同調は求めない。


私は、@時間を創る空間関係(因果の時間)と

A人間が考える時間(時間意識)を分ける。



2012/6/12、私の記事


これは、私だけの考えであり、同調を求めない。

私は、ここで「 無意識 」を修正することにする。

それは、「 小脳の無意識 」と「 大脳の無意識 」とに分け、前者が「 気(ki)」の無意識とし、後者を「 情(zyou)の無意識 」と仮定し、前者が後者を包摂すると考える。

そして、次のように連想する。

T、一方では、

@の時間

関係

連続

実有

気(ki)

気(ki)の無意識

現在

行為@「 閉じこもり 」(11/10追加)A「 脱皮 」(11/10追加)

無明

生命

エーテル(媒体)電磁場や重力場が存在する真空の空間(10/13追加)

ミラーニューロン(10/13追加)

生き物(10/13追加)

魂(11/10追加)

鬼(ki)「 邪しき神」や「邪しき鬼(もの)」という得体の知れぬ「カミ」や「モノ」、あるいは鬼神(kizinn)(11/10追加)






U、他方では、

Aの時間(時間意識)

実体

不連続

虚(kyo)

情(zyou)

情(zyou)の無意識

過去や未来

思考

無常

肉体

大気(媒体)(10/13追加)

ニューロン(10/13追加)

霊長類(10/13追加)

霊(11/10追加)

鬼(oni)(死霊)(亡霊)(11/10追加)





2012/11/18、私の記事


これは、私だけの個人的な考えであり、同調を求めない。


鬼(ki)は気(ki)であり、鬼(oni)は情(zyou)であるとは、前者が「 現在 」であり、「 魂 」であり、後者は「 過去や未来 」であり、「 霊 」であることだと思う。


「 過去や未来 」が「 現在 」で出会うのが「 霊魂 」であり、鬼(ki)と鬼(oni)の具現化であり、「 恐れ 」という関係の、無意識による「 憎しみ 」という感情への具現化であると思う。

これは、喧嘩や戦争における鬼(oni)になるだろう。


第二次世界大戦だけでなく、ベトナム、イラク、アフガニスタン、尖閣諸島など、すべての争いの根本に、鬼(oni)と「 欲 」があると思う。


状況の中に鬼(oni)や「 欲 」を発見し、それが、当事者の国ばかりでなく、他国に住む自分の中にも存在すると考えると、自分のなかで、鬼(oni)を消滅することより、「 欲 」を消滅させる方が簡単だと思う。


鬼(oni)は、社会的な情(zyou)であるが、「 欲 」は、個人の願望であり、「 欲 」を制することは、宇宙の果てまで広がる自我の制圧でもあり、結局は、本人の利益となるからだ。


世界で一番、幸福と言われるブータン王国を御覧なさい。


先進国に比べて、経済的に恵まれてはいないが、経済やマネーから発する「 欲 」が少なくて、そのかわり哲学や宗教がある。


宗教は、前述したように、「 無明 」から発する不安を消すだろう。


私の考えでは、ブータン王国の宗教はチベット仏教であり、「 輪廻転生 」を考える宗教だと思う。


また、ブータン国王が来日されたとき、人間は「 龍 」を飼っていて、正義に反するときは病気となって、そのことを人間に知らせると聞いた。


正義とは、人の道であり、人倫の道である。


これに反するとき、病気になるというと聞いた。


チベット仏教も、「 輪廻転生 」の考えをすると思うが、宗教を否定し、「 輪廻転生 」を否定し、哲学も無い大国は、「 魂 」を持っていない国だと考えると頷くことが出来る。


「 毛沢東 」や「 周恩来 」がチベットの「 ダライ・ラマ 」のように、「 輪廻転生 」して現れたら困るという考えがあるのかも知れない。


すべては、Uの「 虚 」ではなくて、Tの「 実有 」なのだと思う。


因果応報

善因善果、悪因悪果

これらの関係が、現実の中で、すべて実現するだろう。


仏教の考えも、鬼(oni)を消滅させ、「 欲 」を小さくする技術だと思う。


人倫の道を行く政治家が現れることを希求する。


2012/11/23、私の考え



これは、私だけの考えであり、同調を求めない。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121108-00000027-scn-int

 
記事は、ダライ・ラマが「中国大陸で反日情勢が高まった」と指摘したことに対して「事実無根の発言」と非難。
 ダライ・ラマは反日運動の原因を「大陸が極端な反日教育をしている」、などと発言したことに対して、記事は「中国は反日教育をしたことがない。中国は、(戦前・戦中の)日本の戦争犯罪人と日本人民は分けて考えている」と反発。
 ダライ・ラマの「大陸社会は閉鎖的で、情報も欠乏している。中国人の多くはいまだに、日本人と軍国主義を連想して結びつける」との指摘については、「釣魚島の主権は中国大陸だけの問題でなく、海外の中華民族に共通した心の声だ」、「ダライは故意に事情を歪曲(わいきょく)し、中国大陸が『社会の閉鎖性により反日感情が出現した』と言った。台湾、香港、マカオ(澳門)、海外華僑も含めて、中華民族の愛国の情熱を侮辱した」と反論した。
 ダライ・ラマが11月2日にインド紙の取材に対して「チベットの問題が完全に正常化しなければ、中国とインドは相互信頼を築くことができない」と述べた。環球時報は「ダライの心の中には、中国の国家利益などまったくないことが分かる」と非難。
 ダライ・ラマが、「中国がチベットの主権を持つというなら、インドがチベットの主権を持つという方が、まだ理にかなっている」と述べたことなどに注目し、「祖先の地を売り渡す」考え方と非難。「ダライは自分の魂を売り渡したが、中国には、ダライが外国に売り渡すことができる寸土も存在しない」と論じた。(編集担当:如月隼人)



私の考え



このことについて、私は、次のことを考える。


@中国は「 共産主義 」であり、「 宗教 」を拒否している。


A中国はすべてマネーであり、国益とは、経済的なことであるだろう。


Bチベットは、チベット仏教という宗教を持っており、同じ宗教を持つ国は、中国を拒否する「 ブータン王国 」であり、チベットやブータン王国は、インドの文化に近い。


C「 魂を売った 」というが、中国には「 魂 」が無く、有るのは「 死霊 」であり中国の人はすべて「 死霊 」を持っているが、「 売るべき魂 」を持っていない。


D最近の中国のテレビを見ると、ダライ・ラマが言うように、中国は、(戦前・戦中の)日本の戦争犯罪人と日本人民は分けて考えていない。これは、中国が「 魂 」ではなく「 死霊 」を持っていて「 恨みを忘れない 」という死霊を持っているのだろう。

Eチベット族の焼身自殺のニュースが多いが、チベット族は、領土は中国であっても、中国人民ではないのだろうか?




日本国民は、多くの戦没者を犠牲にして、宗教の自由や言論の自由や表現の自由などの「 基本的人権 」という国家からの干渉を拒否する権利を取得したが、中国には、それが無いし、ダライ・ラマを受け入れる価値観や寛容性を持っていない。


「 魂 」をもっていないから、金銭で人を動かす。


チベット仏教の「 輪廻転生 」など、私は共感するところが多いが、チベット仏教を容認すると「 毛沢東 」や「 周恩来 」の「 転生 」を恐れているのだろう。






http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AC%BC#.E4.B8.AD.E5.9B.BD.E3.81.AB.E3.81.8A.E3.81.91.E3.82.8B.E3.80.8C.E9.AC.BC.E3.80.8D

鬼の学説

文芸評論家の馬場あき子は5種類に分類している[1]。
1.民俗学上の鬼で祖霊や地霊。
2.山岳宗教系の鬼、山伏系の鬼、例、天狗。
3.仏教系の鬼、邪鬼、夜叉、羅刹。
4.人鬼系の鬼、盗賊や凶悪な無用者。
5.怨恨や憤怒によって鬼に変身の変身譚系の鬼。


中国における「鬼」

中国で鬼(グウェイ、ピンイン : guǐ)という場合、死霊、死者の霊魂のことを指す[8]。日本で言う「亡霊」の方がニュアンスとして近い(中国語版ウィキペディアの記事『鬼』は、日本語版『亡霊』にリンクされている)。中国では、直接鬼と呼ぶのはタブーであることから、婉曲して好兄弟ともいう。また日本にもこの思想が入っており、人が死ぬことを指して「鬼籍に入る」などと言う言い方がある他、元来の意味合いと混交したイメージでも捉えられている。

また他国の人種を蔑称する際「鬼子(広東語:鬼佬)」といい、日本人を最大級の蔑称として日本鬼子を使用する。2010年の尖閣諸島中国漁船衝突事件を受けて中国で発生したデモで、多く日本人が目にした言葉であるが、日本人にとって「鬼」=「強い力」を意味するなど肯定的な意味に捉えることもできるため、肝心の日本人にはいまひとつ侮蔑の意が伝わらなかった。

ブータン

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%B3

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2012年11月18日

2012/11/18、オカルト・気(ki)と情(zyou)・鬼考4(終焉)

私は仏教が好きだが、僧侶ではない。
哲学的な文章だが、哲学を学んでいない。
物理の話をするが、物理を学んでいない。
心理の話をするが、心理学を学んでいない。
霊魂の話をするが、霊能力者ではない。
私は、三流大学の法律科を卒業した。

2012/1/14、私の記事


「 万物は流転する 」が無常であり、「 我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこに行くのか 」を無明と考え、前者が情(zyou)であり、肉体であり、後者は気(ki)であり、生命であると思う


2012/5/19、私の記事


これは、私だけの考えであり、同調は求めない。


私は、@時間を創る空間関係(因果の時間)と

A人間が考える時間(時間意識)を分ける。



2012/6/12、私の記事


これは、私だけの考えであり、同調を求めない。

私は、ここで「 無意識 」を修正することにする。

それは、「 小脳の無意識 」と「 大脳の無意識 」とに分け、前者が「 気(ki)」の無意識とし、後者を「 情(zyou)の無意識 」と仮定し、前者が後者を包摂すると考える。

そして、次のように連想する。

T、一方では、

@の時間

関係

連続

実有

気(ki)

気(ki)の無意識

現在

行為@「 閉じこもり 」(11/10追加)A「 脱皮 」(11/10追加)

無明

生命

エーテル(媒体)電磁場や重力場が存在する真空の空間(10/13追加)

ミラーニューロン(10/13追加)

生き物(10/13追加)

魂(11/10追加)

鬼(ki)「 邪しき神」や「邪しき鬼(もの)」という得体の知れぬ「カミ」や「モノ」、あるいは鬼神(kizinn)(11/10追加)






U、他方では、

Aの時間(時間意識)

実体

不連続

虚(kyo)

情(zyou)

情(zyou)の無意識

過去や未来

思考

無常

肉体

大気(媒体)(10/13追加)

ニューロン(10/13追加)

霊長類(10/13追加)

霊(11/10追加)

鬼(oni)(死霊)(亡霊)(11/10追加)






2012/11/11、私の記事


これは、私だけの個人的な考えであり、同調を求めない。


鬼を鬼(ki)と鬼(oni)に分けるのは、Tの気(ki)とUの情(zyou)とで、性質も違えば、分野も違うのだと思うからだ。


気(ki)が、情(zyou)という物語を付着させると、「 実体 」になるのかも知れないが、気(ki)から情(zyou)は生じないし、情(zyou)から気(ki)も生じないと思う。


性質とは何か?


鬼(ki)は、「 邪しき神」や「邪しき鬼(もの)」という得体の知れぬ「カミ」や「モノ」であり、私が感じる日本とアメリカの魂を書いてみよう。


日本人から見たアメリカ人は、「 黒船 」のときと同じく、体格からしても日本人を超えた者で、日本が今まで侵略に遭遇しなかった事情や当時の情報不足により、人としてではない「 恐れ 」を持った結果、アメリカ人を鬼(ki)と呼んだのだと思う。


他方、アメリカから見た日本人は、「 真珠湾攻撃 」は勿論、「 神風特攻隊 」など、人間を否定する攻撃(テロリズムと考えたのかも知れない)であるため、個人の認識ではなく、背後で人を狩り立てる天皇も一緒に考えて、日本人を鬼(ki)と考えたのだと思う。


両者とも、「 人 」の理解はなく、「 恐れ 」や「 悪魔 」として、人ではない物で、情報としては、生まれつきの先祖からくる仏教系の鬼(oni)、あるいは人鬼系の鬼(oni)と考えたのかも知れない。


そのように考えさせるのは、「 心 」に「 恐れ 」があり、「 魂 」の中の鬼(ki)が、「 現在 」「 今 」の時点で、互いを許さない同質の鬼(ki)であり、人知を超えた鬼(ki)であったのかも知れない。


他方の情(zyou)の鬼(oni)は、昔からの歴史的な鬼(oni)の理解であり、5の怨恨や憤怒によって鬼に変身の変身譚系の鬼(oni)であるだろう。


「 心 」の中に「 恐れ 」ではなく「 憎しみや怨念の塊 」を持ち、「 心 」が「 心 」を許さない「 人情 」としての鬼(oni)であり、情報や知識に関しては鬼(ki)の範囲を含み、情(zyou)であるため、過去や未来に連続する鬼(oni)であり、内容は「 憎しみ 」であるだろう。


鬼(oni)は情(zyou)を知った後の「 怨恨や憤怒 」であり、人と人の人間関係の鬼(oni)であり、夫婦や親子の中の「 心 」の鬼(oni)である点で「 現代的 」であると思う。


2012/11/17、私の記事


これは、私だけの個人的な考えであり、同調を求めない。


それでは、分野とは何か?


私は、鬼(ki)は気(ki)であり、「 現在 」の「 行為 」の「 エネルギー 」であり、Tに分類し、鬼(oni)は、情(zyou)であり、感情であり、「 記憶 」や「 思考 」であり、Uに分類し、「 過去や未来 」に存続すると考える。


前者は、死亡により消滅し、後者は、人が死亡しても「 文化 」として残るから、中国の昔の考えのように「 死霊 」となるのかも知れない。


後者は、人が死亡に至るまでの苦悩や葛藤や憎しみが凝縮したのであり、「 残念 」とか「 無念 」とかいう感情で、「 霊 」となり、後世の霊長類が持つミラーニューロンにより共感され、「 過去や未来 」に存続するだろう。


私が「 分野 」というとき考えるには、この「 存続する領域 」であると考える。


前者は「 関係 」として存続し、「 連続 」して「 実有 」として存続するが、生まれてくる他者の「 現在 」にエネルギーとして存続する、つまり「 人を替えて、エネルギーとして 」存続するのが鬼(ki)であり気(ki)であり、「 魂 」であり、「 魂の復活 」、「 気質 」の引き継ぎと呼ぶものであると考える。


後者は、「 文化 」や「 思考 」として存続し、ミラーニューロンが働くならばエネルギーとなるが、一般には「 歴史 」として「 過去や未来 」という「 思考 」による「 虚 」の中に存続する。


前者は、後世の人への気質の引き継ぎや「 価値観 」の引き継ぎだから、「 あの世 」への連鎖であり、後者は、文化や遺伝子情報という情(zyou)を引き継ぐから、生殖による世代への「 感情 」の引き継ぎという「 この世 」の連鎖であるところに、分野の違いを感じる。


「 価値観 」であるから、「 無明 」であり「 感情 」であるから「 無常 」であるとも考える。


前者は、「 魂 」であり魂に含まれる鬼(ki)を必ず必要とするが、後者は、「 霊 」であり、魂ではないから、死亡した人の鬼(ki)の存在が存在していることを必要としないが、「 生きていること 」は鬼(ki)を持つことだから、結局は、「 死霊 」の中に、自分のミラーニューロンという鬼(ki)により、自分の鬼(oni)を発見し、「 生きている死霊 」という鬼(oni)になると思う。


私のブログでは、人が死亡しても、人が「 魂 」を持つ限り、鬼(ki)や鬼(oni)は、後世の人に引き継がれるが、その内容がすべて、後世の人に引き継がれるのではなく、後世の人の考え次第であるということになる。


2012/11/18、私の考え


これは、私だけの個人的な考えであり、同調を求めない。


鬼(ki)は気(ki)であり、鬼(oni)は情(zyou)であるとは、前者が「 現在 」であり、「 魂 」であり、後者は「 過去や未来 」であり、「 霊 」であることだと思う。


「 過去や未来 」が「 現在 」で出会うのが「 霊魂 」であり、鬼(ki)と鬼(oni)の具現化であり、「 恐れ 」という関係の、無意識による「 憎しみ 」という感情への具現化であると思う。

これは、喧嘩や戦争における鬼(oni)になるだろう。


第二次世界大戦だけでなく、ベトナム、イラク、アフガニスタン、尖閣諸島など、すべての争いの根本に、鬼(oni)と「 欲 」があると思う。


状況の中に鬼(oni)や「 欲 」を発見し、それが、当事者の国ばかりでなく、他国に住む自分の中にも存在すると考えると、自分のなかで、鬼(oni)を消滅することより、「 欲 」を消滅させる方が簡単だと思う。


鬼(oni)は、社会的な情(zyou)であるが、「 欲 」は、個人の願望であり、「 欲 」を制することは、宇宙の果てまで広がる自我の制圧でもあり、結局は、本人の利益となるからだ。


世界で一番、幸福と言われるブータン王国を御覧なさい。


先進国に比べて、経済的に恵まれてはいないが、経済やマネーから発する「 欲 」が少なくて、そのかわり哲学や宗教がある。


宗教は、前述したように、「 無明 」から発する不安を消すだろう。


私の考えでは、ブータン王国の宗教はチベット仏教であり、「 輪廻転生 」を考える宗教だと思う。


また、ブータン国王が来日されたとき、人間は「 龍 」を飼っていて、正義に反するときは病気となって、そのことを人間に知らせると聞いた。


正義とは、人の道であり、人倫の道である。


これに反するとき、病気になるというと聞いた。


チベット仏教も、「 輪廻転生 」の考えをすると思うが、宗教を否定し、「 輪廻転生 」を否定し、哲学も無い大国は、「 魂 」を持っていない国だと考えると頷くことが出来る。


「 毛沢東 」や「 周恩来 」がチベットの「 ダライ・ラマ 」のように、「 輪廻転生 」して現れたら困るという考えがあるのかも知れない。


すべては、Uの「 虚 」ではなくて、Tの「 実有 」なのだと思う。


因果応報

善因善果、悪因悪果

これらの関係が、現実の中で、すべて実現するだろう。


仏教の考えも、鬼(oni)を消滅させ、「 欲 」を小さくする技術だと思う。


人倫の道を行く政治家が現れることを希求する。




http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AC%BC#.E4.B8.AD.E5.9B.BD.E3.81.AB.E3.81.8A.E3.81.91.E3.82.8B.E3.80.8C.E9.AC.BC.E3.80.8D

鬼の学説

文芸評論家の馬場あき子は5種類に分類している[1]。
1.民俗学上の鬼で祖霊や地霊。
2.山岳宗教系の鬼、山伏系の鬼、例、天狗。
3.仏教系の鬼、邪鬼、夜叉、羅刹。
4.人鬼系の鬼、盗賊や凶悪な無用者。
5.怨恨や憤怒によって鬼に変身の変身譚系の鬼。


中国における「鬼」

中国で鬼(グウェイ、ピンイン : guǐ)という場合、死霊、死者の霊魂のことを指す[8]。日本で言う「亡霊」の方がニュアンスとして近い(中国語版ウィキペディアの記事『鬼』は、日本語版『亡霊』にリンクされている)。中国では、直接鬼と呼ぶのはタブーであることから、婉曲して好兄弟ともいう。また日本にもこの思想が入っており、人が死ぬことを指して「鬼籍に入る」などと言う言い方がある他、元来の意味合いと混交したイメージでも捉えられている。

また他国の人種を蔑称する際「鬼子(広東語:鬼佬)」といい、日本人を最大級の蔑称として日本鬼子を使用する。2010年の尖閣諸島中国漁船衝突事件を受けて中国で発生したデモで、多く日本人が目にした言葉であるが、日本人にとって「鬼」=「強い力」を意味するなど肯定的な意味に捉えることもできるため、肝心の日本人にはいまひとつ侮蔑の意が伝わらなかった。

ブータン

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%B3

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2012年11月17日

2012/11/17、オカルト・気(ki)と情(zyou)・鬼考 3

私は仏教が好きだが、僧侶ではない。
哲学的な文章だが、哲学を学んでいない。
物理の話をするが、物理を学んでいない。
心理の話をするが、心理学を学んでいない。
霊魂の話をするが、霊能力者ではない。
私は、三流大学の法律科を卒業した。

2012/1/14、私の記事


「 万物は流転する 」が無常であり、「 我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこに行くのか 」を無明と考え、前者が情(zyou)であり、肉体であり、後者は気(ki)であり、生命であると思う


2012/5/19、私の記事


これは、私だけの考えであり、同調は求めない。


私は、@時間を創る空間関係(因果の時間)と

A人間が考える時間(時間意識)を分ける。



2012/6/12、私の記事


これは、私だけの考えであり、同調を求めない。

私は、ここで「 無意識 」を修正することにする。

それは、「 小脳の無意識 」と「 大脳の無意識 」とに分け、前者が「 気(ki)」の無意識とし、後者を「 情(zyou)の無意識 」と仮定し、前者が後者を包摂すると考える。

そして、次のように連想する。

T、一方では、

@の時間

関係

連続

実有

気(ki)

気(ki)の無意識

現在

行為@「 閉じこもり 」(11/10追加)A「 脱皮 」(11/10追加)

無明

生命

エーテル(媒体)電磁場や重力場が存在する真空の空間(10/13追加)

ミラーニューロン(10/13追加)

生き物(10/13追加)

魂(11/10追加)

鬼(ki)「 邪しき神」や「邪しき鬼(もの)」という得体の知れぬ「カミ」や「モノ」、あるいは鬼神(kizinn)(11/10追加)






U、他方では、

Aの時間(時間意識)

実体

不連続

虚(kyo)

情(zyou)

情(zyou)の無意識

過去や未来

思考

無常

肉体

大気(媒体)(10/13追加)

ニューロン(10/13追加)

霊長類(10/13追加)

霊(11/10追加)

鬼(oni)(死霊)(亡霊)(11/10追加)



2012/11/10、私の記事


これは、私だけの考えであり、同調を求めない。

「 魂 」を持っていない人間はいない。

人間はすべて「 魂 」を持っている。


「 雲 」の原字である「 云 」に「 鬼 」をプラスしたのが、日本語の「 魂 」である。

すると、人間はすべて「 鬼」を持っているという結果になる。


「 魂 」を鬼が雲のように発達したのが「 魂 」か、あるいは雲が小さくなったのが「 魂 」であるのではなく、「 鬼が雲のように広がった 」のが「 魂 」であると現在は考える。


「 魂 」は「 大和魂 」とか「 アメリカ魂 」とかいうように、人間はすべて「 魂 」を持ち、日本語では「 雲 」の原字である「 云 」に「 鬼 」をプラスしたのが「 魂 」であり、人間はすべて「 鬼 」を持っていると考える。


その「 鬼 」が、「 大和魂 」とか「 アメリカ魂 」という場合に、鬼(ki)という意味に解釈するのか、鬼(oni)という意味に解釈するかが問題である。


前者の鬼(ki)、は「 邪しき神」や「邪しき鬼(もの)」という得体の知れぬ「カミ」や「モノ」という意味で、Tの気(ki)に分類し、後者の鬼(oni)は、中国や古代の日本での解釈のように「 死霊 」や「 亡霊 」とし、人間が作るので、Uの情(zyou)に分類する。


私は、第二次世界大戦での「 大和魂 」とか「 アメリカ魂 」を考えるとき、「 魂 」を「 死霊 」や「 悪霊 」を持って戦争したとは考えず、「 邪しき神」や「邪しき鬼(もの)」という得体の知れぬ「カミ」や「モノ」を持った戦争だったと考える。


最近でも中国は、昔からの「 鬼は死霊である 」と考えていると思うから、中国人はすべて「 死霊 」や「 亡霊 」を持っている人間であるという結果になる。



2012/11/11、私の記事


これは、私だけの個人的な考えであり、同調を求めない。


鬼を鬼(ki)と鬼(oni)に分けるのは、Tの気(ki)とUの情(zyou)とで、性質も違えば、分野も違うのだと思うからだ。


気(ki)が、情(zyou)という物語を付着させると、「 実体 」になるのかも知れないが、気(ki)から情(zyou)は生じないし、情(zyou)から気(ki)も生じないと思う。


性質とは何か?


鬼(ki)は、「 邪しき神」や「邪しき鬼(もの)」という得体の知れぬ「カミ」や「モノ」であり、私が感じる日本とアメリカの魂を書いてみよう。


日本人から見たアメリカ人は、「 黒船 」のときと同じく、体格からしても日本人を超えた者で、日本が今まで侵略に遭遇しなかった事情や当時の情報不足により、人としてではない「 恐れ 」を持った結果、アメリカ人を鬼(ki)と呼んだのだと思う。


他方、アメリカから見た日本人は、「 真珠湾攻撃 」は勿論、「 神風特攻隊 」など、人間を否定する攻撃(テロリズムと考えたのかも知れない)であるため、個人の認識ではなく、背後で人を狩り立てる天皇も一緒に考えて、日本人を鬼(ki)と考えたのだと思う。


両者とも、「 人 」の理解はなく、「 恐れ 」や「 悪魔 」として、人ではない物で、情報としては、生まれつきの先祖からくる仏教系の鬼(oni)、あるいは人鬼系の鬼(oni)と考えたのかも知れない。


そのように考えさせるのは、「 心 」に「 恐れ 」があり、「 魂 」の中の鬼(ki)が、「 現在 」「 今 」の時点で、互いを許さない同質の鬼(ki)であり、人知を超えた鬼(ki)であったのかも知れない。


他方の情(zyou)の鬼(oni)は、昔からの歴史的な鬼(oni)の理解であり、5の怨恨や憤怒によって鬼に変身の変身譚系の鬼(oni)であるだろう。


「 心 」の中に「 恐れ 」ではなく「 憎しみや怨念の塊 」を持ち、「 心 」が「 心 」を許さない「 人情 」としての鬼(oni)であり、情報や知識に関しては鬼(ki)の範囲を含み、情(zyou)であるため、過去や未来に連続する鬼(oni)であり、内容は「 憎しみ 」であるだろう。


鬼(oni)は情(zyou)を知った後の「 怨恨や憤怒 」であり、人と人の人間関係の鬼(oni)であり、夫婦や親子の中の「 心 」の鬼(oni)である点で「 現代的 」であると思う。


2012/11/17、私の考え



これは、私だけの個人的な考えであり、同調を求めない。


それでは、分野とは何か?


私は、鬼(ki)は気(ki)であり、「 現在 」の「 行為 」の「 エネルギー 」であり、Tに分類し、鬼(oni)は、情(zyou)であり、感情であり、「 記憶 」や「 思考 」であり、Uに分類し、「 過去や未来 」に存続すると考える。


前者は、死亡により消滅し、後者は、人が死亡しても「 文化 」として残るから、中国の昔の考えのように「 死霊 」となるのかも知れない。


後者は、人が死亡に至るまでの苦悩や葛藤や憎しみが凝縮したのであり、「 残念 」とか「 無念 」とかいう感情で、「 霊 」となり、後世の霊長類が持つミラーニューロンにより共感され、「 過去や未来 」に存続するだろう。


私が「 分野 」というとき考えるには、この「 存続する領域 」であると考える。


前者は「 関係 」として存続し、「 連続 」して「 実有 」として存続するが、生まれてくる他者の「 現在 」にエネルギーとして存続する、つまり「 人を替えて、エネルギーとして 」存続するのが鬼(ki)であり気(ki)であり、「 魂 」であり、「 魂の復活 」、「 気質 」の引き継ぎと呼ぶものであると考える。


後者は、「 文化 」や「 思考 」として存続し、ミラーニューロンが働くならばエネルギーとなるが、一般には「 歴史 」として「 過去や未来 」という「 思考 」による「 虚 」の中に存続する。


前者は、後世の人への気質の引き継ぎや「 価値観 」の引き継ぎだから、「 あの世 」への連鎖であり、後者は、文化や遺伝子情報という情(zyou)を引き継ぐから、生殖による世代への「 感情 」の引き継ぎという「 この世 」の連鎖であるところに、分野の違いを感じる。


「 価値観 」であるから、「 無明 」であり「 感情 」であるから「 無常 」であるとも考える。


前者は、「 魂 」であり魂に含まれる鬼(ki)を必ず必要とするが、後者は、「 霊 」であり、魂ではないから、死亡した人の鬼(ki)の存在が存在していることを必要としないが、「 生きていること 」は鬼(ki)を持つことだから、結局は、「 死霊 」の中に、自分のミラーニューロンという鬼(ki)により、自分の鬼(oni)を発見し、「 生きている死霊 」という鬼(oni)になると思う。


私のブログでは、人が死亡しても、人が「 魂 」を持つ限り、鬼(ki)や鬼(oni)は、後世の人に引き継がれるが、その内容がすべて、後世の人に引き継がれるのではなく、後世の人の考え次第であるということになる。








http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AC%BC#.E4.B8.AD.E5.9B.BD.E3.81.AB.E3.81.8A.E3.81.91.E3.82.8B.E3.80.8C.E9.AC.BC.E3.80.8D

鬼の学説

文芸評論家の馬場あき子は5種類に分類している[1]。
1.民俗学上の鬼で祖霊や地霊。
2.山岳宗教系の鬼、山伏系の鬼、例、天狗。
3.仏教系の鬼、邪鬼、夜叉、羅刹。
4.人鬼系の鬼、盗賊や凶悪な無用者。
5.怨恨や憤怒によって鬼に変身の変身譚系の鬼。


中国における「鬼」

中国で鬼(グウェイ、ピンイン : guǐ)という場合、死霊、死者の霊魂のことを指す[8]。日本で言う「亡霊」の方がニュアンスとして近い(中国語版ウィキペディアの記事『鬼』は、日本語版『亡霊』にリンクされている)。中国では、直接鬼と呼ぶのはタブーであることから、婉曲して好兄弟ともいう。また日本にもこの思想が入っており、人が死ぬことを指して「鬼籍に入る」などと言う言い方がある他、元来の意味合いと混交したイメージでも捉えられている。

また他国の人種を蔑称する際「鬼子(広東語:鬼佬)」といい、日本人を最大級の蔑称として日本鬼子を使用する。2010年の尖閣諸島中国漁船衝突事件を受けて中国で発生したデモで、多く日本人が目にした言葉であるが、日本人にとって「鬼」=「強い力」を意味するなど肯定的な意味に捉えることもできるため、肝心の日本人にはいまひとつ侮蔑の意が伝わらなかった。

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2012年11月11日

2012/11/11、オカルト・気(ki)と情(zyou)・鬼考 2

私は仏教が好きだが、僧侶ではない。
哲学的な文章だが、哲学を学んでいない。
物理の話をするが、物理を学んでいない。
心理の話をするが、心理学を学んでいない。
霊魂の話をするが、霊能力者ではない。
私は、三流大学の法律科を卒業した。

2012/1/14、私の記事


「 万物は流転する 」が無常であり、「 我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこに行くのか 」を無明と考え、前者が情(zyou)であり、肉体であり、後者は気(ki)であり、生命であると思う


2012/5/19、私の記事


これは、私だけの考えであり、同調は求めない。


私は、@時間を創る空間関係(因果の時間)と

A人間が考える時間(時間意識)を分ける。



2012/6/12、私の記事


これは、私だけの考えであり、同調を求めない。

私は、ここで「 無意識 」を修正することにする。

それは、「 小脳の無意識 」と「 大脳の無意識 」とに分け、前者が「 気(ki)」の無意識とし、後者を「 情(zyou)の無意識 」と仮定し、前者が後者を包摂すると考える。

そして、次のように連想する。

T、一方では、

@の時間

関係

連続

実有

気(ki)

気(ki)の無意識

現在

行為@「 閉じこもり 」(11/10追加)A「 脱皮 」(11/10追加)

無明

生命

エーテル(媒体)電磁場や重力場が存在する真空の空間(10/13追加)

ミラーニューロン(10/13追加)

生き物(10/13追加)

魂(11/10追加)

鬼(ki)「 邪しき神」や「邪しき鬼(もの)」という得体の知れぬ「カミ」や「モノ」、あるいは鬼神(kizinn)(11/10追加)






U、他方では、

Aの時間(時間意識)

実体

不連続

虚(kyo)

情(zyou)

情(zyou)の無意識

過去や未来

思考

無常

肉体

大気(媒体)(10/13追加)

ニューロン(10/13追加)

霊長類(10/13追加)

霊(11/10追加)

鬼(oni)(死霊)(亡霊)(11/10追加)



2012/11/10、私の記事


これは、私だけの考えであり、同調を求めない。

「 魂 」を持っていない人間はいない。

人間はすべて「 魂 」を持っている。


「 雲 」の原字である「 云 」に「 鬼 」をプラスしたのが、日本語の「 魂 」である。

すると、人間はすべて「 鬼」を持っているという結果になる。


「 魂 」を鬼が雲のように発達したのが「 魂 」か、あるいは雲が小さくなったのが「 魂 」であるのではなく、「 鬼が雲のように広がった 」のが「 魂 」であると現在は考える。


「 魂 」は「 大和魂 」とか「 アメリカ魂 」とかいうように、人間はすべて「 魂 」を持ち、日本語では「 雲 」の原字である「 云 」に「 鬼 」をプラスしたのが「 魂 」であり、人間はすべて「 鬼 」を持っていると考える。


その「 鬼 」が、「 大和魂 」とか「 アメリカ魂 」という場合に、鬼(ki)という意味に解釈するのか、鬼(oni)という意味に解釈するかが問題である。


前者の鬼(ki)、は「 邪しき神」や「邪しき鬼(もの)」という得体の知れぬ「カミ」や「モノ」という意味で、Tの気(ki)に分類し、後者の鬼(oni)は、中国や古代の日本での解釈のように「 死霊 」や「 亡霊 」とし、人間が作るので、Uの情(zyou)に分類する。


私は、第二次世界大戦での「 大和魂 」とか「 アメリカ魂 」を考えるとき、「 魂 」を「 死霊 」や「 悪霊 」を持って戦争したとは考えず、「 邪しき神」や「邪しき鬼(もの)」という得体の知れぬ「カミ」や「モノ」を持った戦争だったと考える。


最近でも中国は、昔からの「 鬼は死霊である 」と考えていると思うから、中国人はすべて「 死霊 」や「 亡霊 」を持っている人間であるという結果になる。



2012/11/11、私の考え



これは、私だけの個人的な考えであり、同調を求めない。


鬼を鬼(ki)と鬼(oni)に分けるのは、Tの気(ki)とUの情(zyou)とで、性質も違えば、分野も違うのだと思うからだ。


気(ki)が、情(zyou)という物語を付着させると、「 実体 」になるのかも知れないが、気(ki)から情(zyou)は生じないし、情(zyou)から気(ki)も生じないと思う。


性質とは何か?


鬼(ki)は、「 邪しき神」や「邪しき鬼(もの)」という得体の知れぬ「カミ」や「モノ」であり、私が感じる日本とアメリカの魂を書いてみよう。


日本人から見たアメリカ人は、「 黒船 」のときと同じく、体格からしても日本人を超えた者で、日本が今まで侵略に遭遇しなかった事情や当時の情報不足により、人としてではない「 恐れ 」を持った結果、アメリカ人を鬼(ki)と呼んだのだと思う。


他方、アメリカから見た日本人は、「 真珠湾攻撃 」は勿論、「 神風特攻隊 」など、人間を否定する攻撃(テロリズムと考えたのかも知れない)であるため、個人の認識ではなく、背後で人を狩り立てる天皇も一緒に考えて、日本人を鬼(ki)と考えたのだと思う。


両者とも、「 人 」の理解はなく、「 恐れ 」や「 悪魔 」として、人ではない物で、情報としては、生まれつきの先祖からくる仏教系の鬼(oni)、あるいは人鬼系の鬼(oni)と考えたのかも知れない。


そのように考えさせるのは、「 心 」に「 恐れ 」があり、「 魂 」の中の鬼(ki)が、「 現在 」「 今 」の時点で、互いを許さない同質の鬼(ki)であり、人知を超えた鬼(ki)であったのかも知れない。


他方の情(zyou)の鬼(oni)は、昔からの歴史的な鬼(oni)の理解であり、5の怨恨や憤怒によって鬼に変身の変身譚系の鬼(oni)であるだろう。


「 心 」の中に「 恐れ 」ではなく「 憎しみや怨念の塊 」を持ち、「 心 」が「 心 」を許さない「 人情 」としての鬼(oni)であり、情報や知識に関しては鬼(ki)の範囲を含み、情(zyou)であるため、過去や未来に連続する鬼(oni)であり、内容は「 憎しみ 」であるだろう。


鬼(oni)は情(zyou)を知った後の「 怨恨や憤怒 」であり、人と人の人間関係の鬼(oni)であり、夫婦や親子の中の「 心 」の鬼(oni)である点で「 現代的 」であると思う。






http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AC%BC#.E4.B8.AD.E5.9B.BD.E3.81.AB.E3.81.8A.E3.81.91.E3.82.8B.E3.80.8C.E9.AC.BC.E3.80.8D

鬼の学説

文芸評論家の馬場あき子は5種類に分類している[1]。
1.民俗学上の鬼で祖霊や地霊。
2.山岳宗教系の鬼、山伏系の鬼、例、天狗。
3.仏教系の鬼、邪鬼、夜叉、羅刹。
4.人鬼系の鬼、盗賊や凶悪な無用者。
5.怨恨や憤怒によって鬼に変身の変身譚系の鬼。


中国における「鬼」

中国で鬼(グウェイ、ピンイン : guǐ)という場合、死霊、死者の霊魂のことを指す[8]。日本で言う「亡霊」の方がニュアンスとして近い(中国語版ウィキペディアの記事『鬼』は、日本語版『亡霊』にリンクされている)。中国では、直接鬼と呼ぶのはタブーであることから、婉曲して好兄弟ともいう。また日本にもこの思想が入っており、人が死ぬことを指して「鬼籍に入る」などと言う言い方がある他、元来の意味合いと混交したイメージでも捉えられている。

また他国の人種を蔑称する際「鬼子(広東語:鬼佬)」といい、日本人を最大級の蔑称として日本鬼子を使用する。2010年の尖閣諸島中国漁船衝突事件を受けて中国で発生したデモで、多く日本人が目にした言葉であるが、日本人にとって「鬼」=「強い力」を意味するなど肯定的な意味に捉えることもできるため、肝心の日本人にはいまひとつ侮蔑の意が伝わらなかった。

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2012年11月10日

2012/11/10、オカルト・気(ki)と情(zyou)・鬼考 1

私は仏教が好きだが、僧侶ではない。
哲学的な文章だが、哲学を学んでいない。
物理の話をするが、物理を学んでいない。
心理の話をするが、心理学を学んでいない。
霊魂の話をするが、霊能力者ではない。
私は、三流大学の法律科を卒業した。

2012/1/14、私の記事


「 万物は流転する 」が無常であり、「 我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこに行くのか 」を無明と考え、前者が情(zyou)であり、肉体であり、後者は気(ki)であり、生命であると思う


2012/5/19、私の記事


これは、私だけの考えであり、同調は求めない。


私は、@時間を創る空間関係(因果の時間)と

A人間が考える時間(時間意識)を分ける。



2012/6/12、私の記事


これは、私だけの考えであり、同調を求めない。

私は、ここで「 無意識 」を修正することにする。

それは、「 小脳の無意識 」と「 大脳の無意識 」とに分け、前者が「 気(ki)」の無意識とし、後者を「 情(zyou)の無意識 」と仮定し、前者が後者を包摂すると考える。

そして、次のように連想する。

T、一方では、

@の時間

関係

連続

実有

気(ki)

気(ki)の無意識

現在

行為@「 閉じこもり 」(11/10追加)A「 脱皮 」(11/10追加)

無明

生命

エーテル(媒体)電磁場や重力場が存在する真空の空間(10/13追加)

ミラーニューロン(10/13追加)

生き物(10/13追加)

魂(11/10追加)

鬼(ki)「 邪しき神」や「邪しき鬼(もの)」という得体の知れぬ「カミ」や「モノ」、あるいは鬼神(kizinn)(11/10追加)






U、他方では、

Aの時間(時間意識)

実体

不連続

虚(kyo)

情(zyou)

情(zyou)の無意識

過去や未来

思考

無常

肉体

大気(媒体)(10/13追加)

ニューロン(10/13追加)

霊長類(10/13追加)

霊(11/10追加)

鬼(oni)(死霊)(亡霊)(11/10追加)



2012/11/3、私の記事



これは、フィクションであり同調を求めない。


「 魂 」という日本語を解釈したい。


「 雲 」の原字である「 云 」に「 鬼 」をプラスしたのが「 魂 」である。


鬼が雲のように発達したのが「 魂 」か、あるいは雲が小さくなったのが「 魂 」かもしれない。


私は、人間を気(ki)というエネルギーと情(zyou)という情報で考えているが、気(ki)には「 魂 」を、情(zyou)には「 霊 」をあてはめて、前者は空中の「 シューマン共振 」になり、後者は、文化や価値観となって、「 共感 」により「 霊長類 」の間で伝達されると考えた。


気(ki)が「 魂 」であるが、鬼は(ki)と(oni)の両方の発音を持つ。


気(ki)は鬼(ki)であり、「 雲 」のように湧き上がり、空中の「 シューマン共振 」になり、あるいは「 シューマン共振 」が、人間の肉体に入ったと考えるが、もう一方の鬼(oni)は、日本書紀には「邪しき神」を「邪しき鬼(もの)」としており得体の知れぬ「カミ」や「モノ」であり、その両者をプラスしたのが「 魂 」であると思う。


2012/11/10、私の考え


これは、私だけの考えであり、同調を求めない。

「 魂 」を持っていない人間はいない。

人間はすべて「 魂 」を持っている。


「 雲 」の原字である「 云 」に「 鬼 」をプラスしたのが、日本語の「 魂 」である。

すると、人間はすべて「 鬼」を持っているという結果になる。


「 魂 」を鬼が雲のように発達したのが「 魂 」か、あるいは雲が小さくなったのが「 魂 」であるのではなく、「 鬼が雲のように広がった 」のが「 魂 」であると現在は考える。


「 魂 」は「 大和魂 」とか「 アメリカ魂 」とかいうように、人間はすべて「 魂 」を持ち、日本語では「 雲 」の原字である「 云 」に「 鬼 」をプラスしたのが「 魂 」であり、人間はすべて「 鬼 」を持っていると考える。


その「 鬼 」が、「 大和魂 」とか「 アメリカ魂 」という場合に、鬼(ki)という意味に解釈するのか、鬼(oni)という意味に解釈するかが問題である。


前者の鬼(ki)、は「 邪しき神」や「邪しき鬼(もの)」という得体の知れぬ「カミ」や「モノ」という意味で、Tの気(ki)に分類し、後者の鬼(oni)は、中国や古代の日本での解釈のように「 死霊 」や「 亡霊 」とし、人間が作るので、Uの情(zyou)に分類する。


私は、第二次世界大戦での「 大和魂 」とか「 アメリカ魂 」を考えるとき、「 魂 」を「 死霊 」や「 悪霊 」を持って戦争したとは考えず、「 邪しき神」や「邪しき鬼(もの)」という得体の知れぬ「カミ」や「モノ」を持った戦争だったと考える。


最近でも中国は、昔からの「 鬼は死霊である 」と考えていると思うから、中国人はすべて「 死霊 」や「 亡霊 」を持っている人間であるという結果になる。




http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AC%BC#.E4.B8.AD.E5.9B.BD.E3.81.AB.E3.81.8A.E3.81.91.E3.82.8B.E3.80.8C.E9.AC.BC.E3.80.8D

中国における「鬼」

中国で鬼(グウェイ、ピンイン : guǐ)という場合、死霊、死者の霊魂のことを指す[8]。日本で言う「亡霊」の方がニュアンスとして近い(中国語版ウィキペディアの記事『鬼』は、日本語版『亡霊』にリンクされている)。中国では、直接鬼と呼ぶのはタブーであることから、婉曲して好兄弟ともいう。また日本にもこの思想が入っており、人が死ぬことを指して「鬼籍に入る」などと言う言い方がある他、元来の意味合いと混交したイメージでも捉えられている。

また他国の人種を蔑称する際「鬼子(広東語:鬼佬)」といい、日本人を最大級の蔑称として日本鬼子を使用する。2010年の尖閣諸島中国漁船衝突事件を受けて中国で発生したデモで、多く日本人が目にした言葉であるが、日本人にとって「鬼」=「強い力」を意味するなど肯定的な意味に捉えることもできるため、肝心の日本人にはいまひとつ侮蔑の意が伝わらなかった。

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